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都道府県におけるウェルビーイング政策の現状と今後の課題
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都道府県におけるウェルビーイング政策の現状と今後の課題

October 16, 2023

R-2023-059 

2023年度の「経済財政運営と改革の基本方針」、通称「骨太の方針」において、「地方自治体におけるWell-being指標の活用を促進する」という記述が盛り込まれた[1]。近年、人々のウェルビーイングあるいは生活の豊かさ実感を高めることを目標として政策立案・評価を行おうとする取り組みは世界的にも多く見られるようになっているが、その施行主体は国であることが多く、地方自治体レベルでのウェルビーイング政策への取り組みは世界的にも先進的である。本稿では都道府県におけるウェルビーイング政策の取り組み状況の全体像について述べ、具体的な取り組み内容についても紹介し、考察を加える。

1.都道府県レベルでのウェルビーイング政策の取り組み状況
2.各都道府県の取り組み内容
(1)茨城県
(2)岩手県
(3)熊本県
(4)群馬県
(5)富山県
3. 都道府県ウェルビーイング政策の課題や今後の展望

1.都道府県レベルでのウェルビーイング政策の取り組み状況

本研究プログラムでは、ウェルビーイング政策の実行過程を以下の3つの段階に分けて整理した。

①住民のウェルビーイング、生活満足度あるいは幸福度の向上を目標として掲げる段階
②住民の全般的なウェルビーイングのみモニタリングし、領域別のブレイクダウンは行っていない段階
③住民のウェルビーイングを領域別にモニタリングし、結果を政策立案・政策評価へ活用する段階

②と③は、領域別のモニタリングを行っているかどうかで分類した。②における全般的なモニタリングとは、例えば、「現在、あなたはどの程度幸せですか。」という質問に対して10段階で答えるといった質問を県民意識調査などに盛り込んでいることを指す。これに基づき、20234月時点での47都道府県の公表資料から、各都道府県のウェルビーイング政策への取り組み状況をStep 0からStep 3に分類した。取り組み段階ごとの都道府県数は図1の通りである。なお、ここでは、各自治体の現時点(20234月時点)での取り組みのみに着目し、過去にウェルビーイング政策を行っていたかどうかについては考慮していない。

1. 47都道府県のウェルビーイング政策への取り組み状況(20234月時点)

15程度の都道府県がウェルビーイングあるいは幸福度の向上を政策目標の一部として掲げており、10程度の都道府県が、ウェルビーイングあるいは幸福度に関して何らかの調査を行っている。しかし、調査結果を具体的な政策評価・政策立案に活用するためには政策領域別のモニタリングが必要であるため、この点から政策領域別のモニタリングを実施している茨城県、岩手県、熊本県、群馬県、富山県(五十音順)が特に先進的であると考えられ、これらをStep 3として取り出した。

2.各都道府県の取り組み内容

茨城県、岩手県、熊本県、群馬県、富山県の取り組みについて具体的に紹介する。

(1)茨城県

茨城県は2022年からウェルビーイングに関する取り組みを開始している。茨城県は、「県民一人ひとりが未来に希望を持つことができ、自身のなりたい自分像に向かって一歩でも二歩でも近づいていけるよう、挑戦を続けられること」が幸せな状態であると考え、環境整備に取り組んでいる[2]

健康寿命や正規雇用率などの客観的な指標のみで構成された「いばらき幸福度指標」(図2)に基づいて、「新しい豊かさ」「新しい安心安全」「新しい人財育成」「新しい夢・希望」の4つの分野ごとに独自に全国順位を算出しモニタリングを行っているところが特徴的である。2022年度は「新しい安心安全」の全国順位が39位と他の分野に比べて低く、中でも「犯罪防止」と「地域医療・介護・保健」分野に課題があることが明らかとなった。このように、順位の上下だけでなく分野ごとの偏りに着目することで重点領域の設定につなげている。

2. 茨城県の幸福度指標


出所:茨城県(2022)「『いばらき幸福度指標』の見直しと2022年度の全国順位について」

(2)岩手県

岩手県は2016年からウェルビーイングに関する取り組みを開始している。取り組みの背景に、東日本大震災からの復興における「一人ひとりの幸福を守り育てる」姿勢があったと「いわて幸福白書2023」で述べられている[3]。岩手県は、「あなたは現在、どの程度幸福だと感じていますか」という質問に対して5段階で回答するなどの主観的指標を中心とし、健康寿命や余暇時間、合計特殊出生率などの統計データによる客観的指標で補足するという指標体系を取っている。主観的指標は「主観的幸福感」と、主観的幸福感に関連する領域ごとにその実感を評価した「領域別実感」などで構成されている(図3)。また、岩手県が目指す豊かさを表す指標として、「協調的幸福感」と「ソーシャル・キャピタル」が含まれている点が特徴的である。「協調的幸福感」とは「他者との協調性、平穏な感情状態、人並み感等を総称する幸福感」のことを指し、「ソーシャル・キャピタル」とは「交流、信頼、社会参加等の個人間のつながりのこと」を指す。社会的動物である人間にとって、愛着を感じたり、必要とされている感覚を抱いたり、アイデンティティを確立するために、社会的つながりがウェルビーイングの要素として欠かせないことが先行研究で明らかになっている[4]。社会的つながりが重要であることは家族間や職場内のみならず、地域の中でも当てはまり、これらを総じてソーシャル・キャピタルとして評価する。岩手県は、「あなたは、ご近所の方とどのようなおつきあいをされていますか」などの質問でソーシャル・キャピタルを調査し、さらに、「ご近所とのつきあいはよいと感じますか」などの質問でソーシャル・キャピタルに対する実感を調査している。そして、ソーシャル・キャピタルに対する実感と、主観的幸福感および領域別実感との間に一定の相関が見られたことを報告している[5]

3. 岩手県の幸福度指標


出所:岩手県(2017)「『岩手の幸福に関する指標』研究会 報告書」

(3)熊本県

熊本県は、2012年と全国で最も早くからウェルビーイングに関する政策に取り組んでおり、「県民総幸福量の最大化」を基本理念として掲げている。主観的指標のみで構成された指標体系を取っており、幸福の要因を「夢を持っている」「誇りがある」「経済的な安定」「将来に不安がない」の4つに分類している(図4)。そして、それらをどの程度重視するかという「ウエイト」や、各分類に属する項目の「満足度」を県民アンケートで測定し、それぞれを掛け合わせて合計することで 県民総幸福量(AKH: Aggregate Kumamoto Happiness)”を算出している[6]。つまり、多くの県が複数の指標を用いたダッシュボード方式を採用しているのに対し、熊本県は複数の指標を合算した統合方式を採用している。また、4つの分類それぞれについて、満足度を横軸、重視する順位を縦軸とした表を用いて地域別や年齢階層別での違いを整理し公表している(図5)ところも他と異なる点である。図5において、満足度が熊本県の値より低くなる領域Ⅱと領域Ⅲに位置する地域や年齢階層に着目して施策を実施する方針としている。地域別や年齢階層別での違いを直感的に把握しやすい表にまとめているところが特徴的である。

4. 熊本県の幸福度指標


出所:熊本県(2022)「令和4年度(2022年度)県民総幸福量(AKH)に関する調査結果について」


5. 「満足度」を横軸、「重視する順位」を縦軸とした表


出所:熊本県(2022)「令和4年度(2022年度)県民総幸福量(AKH)に関する調査結果について」

(4)群馬県

群馬県は2020年からウェルビーイングに関する取り組みを開始している。群馬県は、誰にとっての幸福であるかという点に着目し、「一人ひとりの幸福」、「社会全体の幸福」、「将来世代の幸福」の3つの幸福を目指している[7]。「あなたは現在、どの程度幸せだと感じていますか」という質問に対して5段階で回答するなどの主観的指標を中心とし、健康寿命や合計特殊出生率などの統計データによる客観的指標で補足する指標体系を取っている(図6)。客観的指標が非常に多様であることに特徴があり、「生涯スポーツ大会への参加者数」や「文化事業の後援件数」あるいは「放課後児童クラブ設置率」などの動向もモニタリングされている。また、2040年に目指す姿の実現に向けた「新・群馬県総合計画(基本計画)」の評価検証と幸福度に関する政策評価検証を密に連動させている点も特徴的である。具体的には、「新・群馬県総合計画(基本計画)」のロードマップに掲げるKPI(重要業績指標)と地方創生SDGsローカル指標をもとに幸福度に関する客観的指標を構成し、さらに、群馬県幸福度レポートという形で「新・群馬県総合計画(基本計画)」のKPIの進捗状況についても県民幸福度の現状と合わせて報告している。

6. 群馬県の幸福度指標


出所:群馬県(2022)「令和4年度 群馬県幸福度レポート」

(5)富山県

富山県は2022年からウェルビーイングに関する取り組みを開始している。富山県は、富山県成長戦略(20222月策定)において「ウェルビーイング」を、「自分らしく幸せに生きられること」や、「収入や健康といった外形的な価値だけでなく、キャリアなど社会的な立場、周囲の人間関係や地域社会とのつながりなども含めて自分らしくいきいきと生きられること」と説明している[8]。また、20231月に公表したウェルビーイング指標は、総合指標、分野別指標、つながり指標という3つに分けられた主観的指標のみで構成された指標体系を取っている(図7)。総合指標の設問が特徴的であり、「最も理想的な生活であると思う状態を10、最悪であると思う状態を0として、現在の状態を10~011段階」で質問し、さらに、過去(5年前)と未来(5年後)の状態も評価することで、時間軸を意識した持続的な状態や未来への期待・希望の動向も把握することを目指している。また、自分を起点とする家族や社会とのつながりを意識した指標であるつながり指標を導入している。さらに、指標の全体を花に見立て、ウェルビーイング指標を県民にわかりやすい形で発信しているところも特徴的である(図8)。


図7. 富山県のウェルビーイング指標


出所:富山県(2022)「富山県ウェルビーイング指標の策定について」


図8. 富山県のウェルビーイング指標の発信


出所:富山県(2022)「富山県ウェルビーイング指標の策定について」

3.都道府県ウェルビーイング政策の課題や今後の展望

このように、各県は独自の特性を活かし、個別の指標体系を構築している。この取り組みにより、ウェルビーイングに関する指標が都道府県の政策立案において自治体の内外への羅針盤として重要な役割を果たしていると言える。しかしながら、各県が独自のアプローチで取り組むことから、全国的な地方自治体ウェルビーイング政策に関する知見が蓄積されにくい状況となっていることが確認された。例えば、指標を政策立案・政策評価につなげる上で主観的指標・客観的指標のそれぞれをどのような目的でどのように測定すべきかについてはどの県においても確固たる見解が得られていないと考えられる。また、福井県など、本研究プログラムの分類においてStep 1あるいはStep 2にあたる、領域別の指標作成までには至っていない都道府県のいくつかが指標作成を含めたウェルビーイング政策の推進を発表しており、ウェルビーイング政策という新しい分野における実践的な議論がますます求められている。そのため、現在ウェルビーイング政策を推進している自治体間で優良事例や課題を共有する場を持ち、ウェルビーイング政策の定義や意義、運用方法、政策評価の方法などについて議論を深める必要があると考えられる。こうした協調が、各都道府県のウェルビーイング政策の立案や実行のより効果的な進展につながるほか、地域ごとの独自性を尊重しつつ、幸福の追求に向けた戦略を模索する一助になると考えられる。なお、今年度、本研究プログラムでウェルビーイング政策に関する情報共有を目的とした、全国の自治体を対象とするイベントを行う予定である。後日、本イベントの開催報告を公開する。


調査協力:株式会社日本総合研究所


参考資料等

[1]
内閣府(2023)「経済財政運営と改革の基本方針 2023

[2] 茨城県(2022)「『いばらき幸福度指標』の見直しと2022年度の全国順位について」

https://www.pref.ibaraki.jp/kikaku/kikaku/seisaku/kikaku1-sogo/shinkeikaku/sokeishin/documents/221201_kisyakaiken_kouhukudo.pdf

[3] 岩手県(2017)「『岩手の幸福に関する指標』研究会 報告書」

https://www.pref.iwate.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/011/701/houkokusyo.pdf

[4] Richard Layard, Jan-Emmanuel De Neve. (2023). Wellbeing: Science and Policy. Cambridge University Press

[5] 岩手県(2017)「『岩手の幸福に関する指標』研究会 報告書 別冊参考資料」

https://www.pref.iwate.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/011/701/bessatu.pdf

[6] 熊本県(2022)「令和4年度(2022年度)県民総幸福量(AKH)に関する調査結果について」

https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/199019.pdf

[7] 群馬県(2022)「令和4年度 群馬県幸福度レポート」

群馬県幸福度レポート(令和4年度) (gunma-v.jp)

[8] 富山県(2022)「富山県ウェルビーイング指標の策定について」

https://www.pref.toyama.jp/documents/30839/toyama-wellbeing-indicator.pdf

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