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G20ニューデリー・サミットの機会を経て
日本が今後行うべき5つの提言
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G20ニューデリー・サミットの機会を経て日本が今後行うべき5つの提言

September 28, 2023

R-2023-050

G7広島サミットに続き、9月には、インドにてG20サミットが開催され、国際社会の課題が浮き彫りになると共に新たな取組が生まれつつあります。グローバル・ヘルスは、創薬や農林水産業といった産業から、獣医療、気候変動とも深く関わり、財政政策、金融政策、科学技術振興政策、国家安全保障などと密接に連携しながら、横断的に取り組むべき分野です。G20サミットを経た今だからこそ、日本が国内と、国際社会で推進するべき5点について、提言を行いました。

混沌とする時代におけるG20とグローバル・ヘルスが果たす役割
 G20の特徴とG20が果たすべき役割
  1.加盟国内における政策の実効性
  2.世界規模での政策の実効性
  3.イシュー・リンケージを踏まえた意思決定
G20ニューデリー・サミットの機会を経て日本が今後行うべき5つの提言
 提言 1:危機対応のための医療財源
 提言2:医療分野におけるICTや生成系AIの活用
 提言3:気候変動と保健
 提言4: AMR(薬剤耐性)
 提言5: 創薬エコシステム

混沌とする時代におけるG20とグローバル・ヘルスが果たす役割

近年は人間の安全保障[1]がかつてないほど脅かされる人新生の時代[2]と言われているが、2019年に端を発した新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)のみならず、ロシアによるウクライナ侵攻とそれがもたらした経済的混乱停滞する経済、インフレーション、サプライチェーンの途絶、エネルギーや食料安全保障の不安定化、財政不安定化リスクの顕在化など様々な課題が存在する。さらに、これまで十分に取り組まれてこなかった、気候変動や都市化・人口過密化、格差拡大などの諸課題が相まって、世界の不安定さは増すばかりである。

このような状況下では、人々の健康が脅かされるリスクはかつてないほど高まっており、あらゆる危機から人の健康をどのように守ることができるのか、グローバル・ヘルスの役割が改めて問われている。同時に、人々の健康を保護するためのシステムが存在することは、単に人々の健康水準の向上に寄与するのみならず、社会の安定化の基盤ともなることが改めて注目されている。人々が心身の不安なく日々の営みを進められることは、それ自体が社会の安定化の鍵であり、その観点からも不安定化する社会においてどのように社会的保護の役割としてのグローバル・ヘルスを再構築していくかが問われているであろう。

このような中、今年5月にはG7広島サミットが開催され、主要課題の一つとしてグローバル・ヘルスの今後のあるべき姿について議論された。さらに、今年9月にはG20ニューデリー・サミットが開催された。混沌とする時代におけるグローバル・ヘルスの役割とは何なのか、G20という集合体がグローバル・ヘルスに対してどのような役割を果たすことができるのか、さらにはG20の構成員でもある日本がの機会を活用して、今後、国内外にどのような役割を果たすべきなのか本稿で述べたい。

G20の特徴とG20が果たすべき役割

G20は19の国と1つの地域(欧州連合)からなるグループであり、G20の総人口は世界人口の3分の2を占め、さらには世界全体のGDP90%、貿易総額は世界全体の80%を占める巨大なグループである。その人口及び経済規模の大きさから世界の経済や金融に非常に大きな影響力を有する。また、G7同様にG20は各国首脳や大臣クラスの代表が参加するため、世界経済に関する政策やあらゆる危機対応に関して非常に重要な意思決定が可能な集団でもある。他方で、国際機関などでの決定事項と異なり、通常G20での議論は何ら法的拘束力などを有さないものであるため、むしろそのinformalityflexibilityさも相まって近年では世界的な危機対応に即時に対応する集合体としての役割も果たしている。

G20はその経済規模からも自明であるが、従来は世界経済や金融に関する意思決定が主たる役割であった。しかしながら、前述の通り各国政府レベルにおいて最終的な意思決定が可能なレベルの参加者が集まる中、迅速な危機対応などもその役割として担うようになってきていることから、近年では経済財政以外にも、気候変動やグローバル・ヘルス、開発課題などあらゆる国際的な課題が議論されるようになっている。とりわけ近年のG20ではインドネシア(2022年)、インド(2023年)、ブラジル(2024年)といったと新興国の中核とも言える国々が続けて議長を担っており、従来の先進国中心のG7とは異なる形で、グローバル・サウスの声を代弁するとの意識も強くなり、世界のアジェンダ設定や危機対処に影響力を及ぼしている。

政策の実効性やアジェンダ設定の観点から、G7とG20の違いは以下のように整理できる。

1. 加盟国内における政策の実効性

グローバル・ヘルスや環境問題をはじめ、地球規模の課題解決においては、加盟国内での政策の実効性が鍵となる。温室効果ガスの削減にしても、あるいは薬剤耐性(antimicrobial resistance, AMR)対策にしても、加盟国がどれだけ政策を履行するかによってその成果は左右される。この点において、G20G7と比べて国内レベルの政策履行が弱い傾向にある。トロント大学の研究では、G7が共同宣言文に記載したコミットメントのうち76%の履行に取り組んだのに対し、G20の履行率は71%にとどまっていた[3]G20G7と比べて加盟国の背景が異なるため、政策履行の意志や実行可能性がG7よりも弱くなる傾向にある。

2. 世界規模での政策の実効性

国内レベルの政策履行はG7ほど強くないものの、20カ国が集まる場での意思決定は、7カ国のそれよりも世界規模での連携や政策実行を促進する可能性がある。世界規模での連携を行うには、それに協力的な国家が一定程度必要である。その点からすると、G7のような小さな国際機構よりも、G20のように多数の国が集まる場での意思決定のほうが、世界規模での連携を促進する可能性がある。なかでもいわゆるグローバル・サウスの興隆を考えるとき、G20の果たす役割はG7以上の規模となることが期待される。経済規模やその地政学的背景を考えれば、G20が巻き込むことのできる地域や国はG7よりもはるかに多いことが見て取れるだろう。加えて、G20G7とは異なる貢献ができる可能性もある。たとえばグローバル・サウスの目指す国益は、G7の目指す国益よりも実利的である。今回議長国インドがかなりの妥協を各国から引き出しつつ強力に共同宣言文をまとめたことは、G7がもともとG8からロシアを追い出す形で理念に基づく国際機構としての立ち位置を維持したことと対照的である。理念の異なる国あるいは地域を残した形でプラットフォームを維持していく姿勢はG7とは異なるものであり、こうした事例を考えるとき、G20が貢献できることは大きいと言えるだろう。

3. イシュー・リンケージを踏まえた意思決定

G20は、G7と比べて加盟国の経済的、社会的、政治的背景が大きく異なることが特徴である。このことはすなわち、様々な課題の相互関連性(イシュー・リンケージ)に焦点が当たりやすいことを示唆するだろう。このことは、ニューデリーでの共同宣言において、ウクライナ戦争を「人間の苦痛と国際食糧、エネルギー安保、供給網、金融安定性などに対する否定的な影響を強調する」と総括し、結果としてG7や中国・ロシア以外の持つ課題を強調したことからも見て取れる。グローバル・ヘルスで言えば、かつてインフルエンザワクチン開発などに際して低中所得国からウイルスに関する知的財産権の問題が提起されたように、G20では特定分野の課題が思わぬ形で他分野の課題と結びついているかがより明瞭になる可能性がある。こうしたイシュー・リンケージを踏まえた意思決定は、意思決定自体を困難にする可能性がある一方、むしろ多種多様なアクターを巻き込んで課題解決を行う契機になる可能性もある。

2023年のインド・ニューデリーでG20首脳会議が開催されたばかりだが、これまで述べてきた通り、G20が世界経済のみならずあらゆる世界課題に与える影響は非常に大きく、我が国もG20の構成員としてその議論に積極的に参画するとともに、G20の構成員の一員として恥じないよう、国内課題の解決もあわせて推進していくことが必要である。

以上を踏まえ、以下では、グローバル・ヘルス領域の中でも特にG20において取り組むことが期待される1)危機対応のための医療財源、2)医療分野におけるICTや生成系AIの活用、3)気候変動と保健、4)薬剤耐性、5)創薬エコシステムの5つに焦点を当てて、今後G20の成果を活用して、我が国が何を進めていくべきかについて提言する。本年818-19日にはG20首脳会議に先立ってG20保健大臣会合がインド・ガンディーナガルで開催されたが、これらはいずれも保健大臣会合の成果文書にてG20が取り組むべき優先課題とされたものである。また、いずれも高所得国と低中所得国との間で利害対立が発生しやすい課題でもあり、その意味でもG20で議論する意義が大きい政策課題とも言える。

G20ニューデリー・サミットの機会を経て日本が今後行うべき5つの提言

提言 1:危機対応のための医療財源

1)民間資金のPPPR領域へのさらなる資金動員の促進
将来のパンデミックへの予防、備え、対応(Pandemic Prevention, Preparedness and Response, PPPR)強化のためには十分な財源が必要となる。当然、WHOなど国際機関にパンデミックに対応するための財源がないわけではないが、資金規模の小ささや手続きの煩雑さなどが課題となってきた。

PPPR対応に必要となる資金の総額を考えると、公的セクターだけの拠出では限界があり、民間からの資金動員を積極的に検討すべきである。我が国では前回議長を務めた2016G7伊勢志摩サミットの際に、西アフリカで流行したエボラ出血病の経験を踏まえて、危機対応のための資金拠出メカニズムとしてPEF(Pandemic Emergency Financing) Facility を世界銀行に設置することを提唱した。

PEFはパンデミックが発生した際に、世界銀行が保険会社とのデリバティブ取引や投資家向けのパンデミック債を発行しその資金を感染症対策の初動に充てるというものである。従来の公衆衛生危機対応の資金が、基本的にはドナーからの拠出に頼る部分が大部分であったところ、このPEFは有事に市場の資金を導入するという点において非常に革新的なメカニズムとして注目を集めた。しかしながら、PEFは厳格な発動要件が定められており、例えば最低12週間以上流行が継続していることや、感染者数の増加状況が一定程度に達するまでは発動されない仕組みとなっている。健康危機管理においては初動が大切であるにもかかわらず、パンデミックが既に進行してからでなければPEFが発動されないという矛盾が兼ねてから指摘されていた。

2019年末からのCOVID-19でも当然このPEFは活用されたが、前述の通り支払いまでに要する時間の長さや、発動要件の厳格さなどが問題となり、設立当初に期待されていたほどにはCOVID-19で役割を果たすことができなかった。しかしながら、1)公的資金だけでは資金総量が限界であること、2)特に公衆衛生危機発生の初動時には迅速かつ柔軟な資金動員が必要であること、3)ドナーの拠出だけに資金を依拠するのでは資金メカニズムとして不十分であること、こうした課題は現在もまだ変わっていない。2016年にPEFの議論をリードした日本だからこそ、PEFの課題も踏まえ、以下に迅速かつ柔軟に市場の資金を有事に動員することが可能なのかその方策を考えることが期待されている。

2)サージ・ファイナンスに関する議論を我が国は過去G20の経験や保健ー財務政策対話の経験を踏まえてリードすべきである
COVID-19の経験を経て、2021G20での議論を契機にパンデミック基金が設立されたところであるが、20237月時点で集まった資金総額は10億ドルと世界規模のパンデミックに対処するには規模が小さく、またその資金拠出の対象となるものも医療従事者の育成や医療システム整備など、将来的なパンデミックへの備えの部分に焦点が当てられており、パンデミック対応では予防・備え・対応の一連の流れの中で備えの部分にしか焦点が当たらないことに関し不十分さが指摘されていた。

とりわけ、初動時においては集約的に資源を投入することで早期の封じ込めや拡大を阻止することが重要であり、迅速かつ柔軟に利用できる資金が十分量あることが必要となる(サージ・ファイナンス)。しかしながら、PEFを含めた従来の国際機関を中心とした枠組みでは、初動対応に割り当てることのできる資金は柔軟性や機動性という点で不十分であり(例えば拠出決定に際して意思決定プロセスが煩雑であるなど)、本年5月に日本で開催されたG7財務・保健大臣合同セッションにおいても、パンデミック発生時の対応のため必要な資金を迅速かつ効率的に供給する、新たな「サージ・ファイナンス」の枠組みの検討に合意したところである。同年8月のG20保健大臣会合でもサージ・ファイナンスに関して新たな資金援助制度を構築することが合意されている。

今後、このサージ・ファイナンスに関してはさらに議論が加速することが予測されるが、上記のPEFからの教訓を十分に踏まえる必要がある。さらに、G7の議論とG20の議論をどのように融合させていくのか、具体的な資金拠出のメカニズムをどのようにするのか、必要総額は約10兆円ともされる莫大な資金をどのように集めるのか、など詳細についてはまだ議論の途上である。我が国は、今回の議論のベースにもなっているG20財務ー保健政策対話を2019G20議長国であったG20大阪サミットで初めて提唱した。今後はこうした議論をG7, G20またWHOや世界銀行等の関連諸機関とともに進めていくわけであるが、日本がこれまでの経験を踏まえて国際対話をリードしていくことが期待される。

提言2:医療分野におけるICTや生成系AIの活用

近年の感染症対策や医療の現場においてICTが果たす役割の大きさはもはや説明するまでもないであろう。オンライン診療は拡大の一途を辿り、医療サービスへのアクセスは国を超えて可能となった。また、COVID-19流行の間も、国境を超えてCOVID-19陰性情報やワクチン接種情報のデジタル証明を共有することで、国際渡航の再開がなされた。こうした情報の共有・流通の、基盤となるのは、個人の医療データの国を超えた相互運用と「信頼」の担保である。例えば欧州では、European Health Data SpaceEHDS) 構想が示され、EU圏内での医療データアクセスを可能とするための法整備が進められつつある。

またインドでは、国民IDであるAadhaarを用いたデータ流通基盤となるIndia Stack[4]のインド外への展開を始めており、その中にはヘルスケアデータの流通基盤(Health Stack)も含まれている。さらに、生成AIの開発の勢いにも目覚ましいものがあり、その技術がヘルスケア領域で実用化されるのも時間の問題であろう。同時に、生成系AIに関しては医療に限らずそのルール化の動きが進んでいるものの、その議論はまだ途上であり、技術開発と同意に倫理的側面を含めたこのようなルール化の議論も注意深く進めていくことが求められている。このような背景を踏まえ、医療DXでは以下の取組を提言する。

1) 日本国内における医療DXの推進
日本では接触確認アプリCOCOAなどの導入に際して、保健医療DXの遅れが明らかになった。日本は、保健医療分野におけるデジタルインフラへの投資を推進する役目を果たすと同時に、我が国の遅れた保健医療DXCOVID-19で高まった医療DXの機運を活用し一気に前進させるべきである。この中には、一般的な医療情報システムの整備、遠隔医療を実施するための基盤整備、医療分野におけるアプリケーション開発・実装などが含まれる。日本の医療DXを進めるにあたっては、高所得国だけでなく、むしろ中低所得国においても日本よりも先進的な部分もあることに鑑み、グローバルで参照可能なモデルを提示するべきである。デジタル・ディバイドを踏まえ、各国の格差がある中で、日本の立ち位置は必ずしも先進国の中の優等生ではないことを踏まえて、だからこそ双方の参考になるDXの実践例を示せるという点が重要である。

2) 国際的に通用するルール化
保健医療DXの遅れは、COVID-19対策だけではなく、我が国の平時における地域医療情報連携ネットワークなどの課題にも現れている。信頼醸成という観点からも、相互運用性、データ・プライバシーとセキュリティへの対処などについての基本指針の合意が必要である。日本では、20235月の次世代医療基盤法の改正に引き続き、医療データ活用に向けたルール整備の議論、特にデータ取得時の同意中心の入口規制からデータ利用時の適正性評価を中心とする出口規制に向けた議論がなされている。生成AI活用においても公的な領域での信頼されるルール形成が求められるところ、安全なデータ保存・送信方法の利用促進、データ保護規制の確立、デジタルヘルスデータ利用のための倫理的ガイドラインの策定支援などを日本が主導し推進すべきである。さらに、G20での議論を視野に入れるのであれば、日本では次世代医療基盤法が5月に改正され医療データ活用のルール化を進めている中、引き続き海外と歩調を合わせ海外に先んじた倫理・法を示すべきであろう。

3) 国際連携の推進
Global Digital Health Partnership (GDHP)やWHOGlobal Digital Health Certification Networkといった国際的な連携の動きがある中、国際的なデータ流通についてのコンセプトであるData Free Flow with TrustDFFT)を提唱している我が国だからこそなせるリードの元、データ連携を強力に推進すべきである。DFFTに関しては、具体化に向けたプライオリティを実行するための国際的な枠組みInstitutional Arrangement for PartnershipIAP)がG7にて提案されたが、その中でも柱とされている企業や国境の壁を超えたデータ連携に関して、ヘルスケアの領域において進めることが期待される。その際、多様な価値観を前提とした信頼性を担保できるような自律・分散型のデータガバナンスが求められる。

提言3:気候変動と保健

ヘルスケアセクターの気候フットプリント[5]は全世界の総排出量のうちの4.4%を占める(日本国内においては、総排出量のうち6.4%)。ヘルスケアセクターを国に例えると地球上で5番目に排出量の多い国となり、ヘルスケアセクター全体として脱炭素化を進める必要がある。

1)医療施設の脱炭素化
日本国内の医療施設においても脱炭素化を進めるための具体的な目標設定と行動計画を策定すべきである。

  1. たとえば、英国ではGreener NHSとしてnet zero2040年までに達成することを掲げている。日本国内においては、日本医師会、全日本病院協会などの取り組みはあるものの、医療セクターとして国レベルでの目標設定などは行われていない。医療セクターのnet zeroを達成する期限を設けるとともにその道筋について具体的に厚生労働省と環境省が主体となってリードすべきである。
  2. 医療セクターからの排出は主に、1)医療施設や医療用車両から直接排出される排出物、2)電気・冷暖房などの購入エネルギー源からの間接的な排出、3)医薬品や医療機器などのサプライチェーンからの排出がある。特に多いのが3)であることを踏まえると(おおよそ70%)、単に医療施設からの排出削減だけでなく、医療分野におけるサプライチェーン全体を巻き込んだ目標設定・計画策定が重要である。このことはすなわち、国内の医療機関における医療資源の配置や分配を再考することに他ならない。

2)気候変動や災害に強い医療機関
気候変動によって発生する健康リスクへの対応をより迅速かつ柔軟に行うためには、ハザードに応じたリスク評価が必要となる。近年、“Hospital Resilience”の定義が話題になっているように、健康危機に対する医療システムの強靭さは、単に、スタッフや医薬品の充足のみで測られるものではなく、災害拠点病院の存在が全てを解決するわけではない。具体的には、台風・洪水などの災害による健康被害、増加する熱中症患者への対応を可能とする施設、熱中症警報システムの整備、救急・災害医療体制の整備、空調整備を含めた都市計画など、今後の増大が予想される、気候変動に関連した健康被害への適切な対応策を講じる必要がある。さらには、間接的な影響医療機関における停電時の代替エネルギー利用、災害時における遠隔診療の推進などについても具体策を講じるべきである

3)コベネフィット(共便益)を意識した都市計画
温室効果ガスの排出抑制は経済影響などの負の側面が強調されることが多いが、こうした対策を進めることは健康にもメリットが得られることを認識する(コベネフィット):たとえば、車の排出規制を推進することは、直接的に大気汚染の改善や交通事故の減少などの直接的なインパクトをもたらすと共に、副次的に、公共交通機関の利用などを促し、身体活動量の増加や肥満の予防などのメリットを生み出す。また、近年、開発途上国で進む急速な都市化は、人口の集中をもたらし、COVID-19のような新興・再興感染症の伝播を促進し得るため、医療・公衆衛生の観点を、積極的に都市計画の起草段階から反映させる必要がある。

日本の過去の災害対策を教訓として積極的に諸外国に共有する:日本は過去、さまざまな災害・公害を経験してきた。こうした教訓を踏まえ、今日では環境負荷を軽減することと健康の両立を意識した都市計画、災害に強い街づくりが進められている。このようなノウハウについて積極的に海外に共有すべきである。

提言4: AMR(薬剤耐性)

2022年2月に医学誌Lancetに報告された推計によれば、AMR(AntiMicrobial Resistance)が直接起因する世界の推定死者数が2019年に127万人にのぼった。この数字はHIV/AIDS、マラリアの死者数を上回る。現状のままでは、2050年にAMRによる死者数が1000万人に達し、その大半はアジアとアフリカで発生するとされている。特に高齢社会の進展により、尿路感染症などによる感染者数の増加が予想され、抗菌薬への需要が高まり、AMRの影響がより深刻化すると予測される。世界で最も高齢化している日本にとっても喫緊の課題である。AMRの課題の大半は市場の課題に由来するため、当然ながら市場の最適化に向けた各種取り組みをさらに加速させることが重要であるが、加えて、以下のような取り組みを推進すべきである。

1)産業界へのAMR対策へのさらなる巻き込み 
ワン・ヘルス[6]の観点で考えると世界的に多くの抗菌薬が動物に対して使用されている。さらに、その使用の大半はこれら動物の治療目的ではなく発育促進の目的で使用されている。ファストフードチェーンや小売業者など食品サプライチェーンにおける抗菌薬使用削減に向けた具体的なロードマップを策定するべきである。

2)投資家との連動の推進
日本では新しい資本主義グランドデザインおよび骨太の方針2022の中で、特定の社会的・経済的な課題解決を目的とするインパクト投資の推進を掲げている。このような流れの中に、AMR対策も位置付けるべきである。

3)AMR対策に資する技術の研究開発及び技術移転を推進する
適切な抗菌薬を適時に患者に投与することはAMR対策の観点から重要であるが、大半の医療施設ではその技術は十分ではなく、また診断までに時間を要している(通常、抗菌薬の感受性判明までに48-72時間かかる)。技術革新により、病原体同定までの時間や抗菌薬感受性判明までの時間を短縮すること、さらにこのような技術が特に資源の乏しい低中所得国で利用可能となるように普及させることはAMR対策を推進する上で重要な意義を持つ。我が国でもこのような技術開発を促進するとともに、低中所得国における人材育成と併せてこのような技術移転も積極的に進めるべきである。

4)AMR対策に資する、基本的な感染症診療技術を定期的にアップデートする仕組みを構築する
技術革新による確定診断の迅速化は適切な抗菌薬投与の一助となるが、本来であればまず診療時にグラム染色を確実に行い、治療開始時から起因菌を考慮したうえで抗菌薬を選択すべきである。こうした基本的診療が行われず、闇雲に広域抗菌薬が投与されるようであれば、技術革新があったとしてもAMR対策は困難であろう。基本的な感染症診療技術を医学教育や生涯教育に確実に取り入れ定期的にアップデートしていくこと、また地域の医療機関が連携して抗菌薬感受性を情報共有し、抗菌薬選択について地域内の医療機関で検討することが必要である。

5)基本的な抗菌薬の開発と生産を安定化させる
近年感染症診療で問題となったのは、基本的な抗菌薬の開発生産にインセンティブが乏しく、結果として研究開発やサプライチェーンが不安定化したことであった。今後の抗菌薬需要、なかでも多剤耐性菌を念頭に置いた需要を考えるとき、研究開発やサプライチェーンの安定化は不可欠である。

提言5: 創薬エコシステム

2021年のG7サミットで議論された「100日ミッション」(WHOPHEIC発出から100日以内にワクチン・治療薬・診断薬の実用化を目指す)を実現するにあたって必要となるのは、効果と安全性の高い治療薬やワクチンなどの感染症危機対応医薬品(Medical Countermeasures, MCMs)である。COVID-19パンデミック下では、医薬品開発の技術革新が見られた一方で、世界的な公共財(Global Public Goods)へのアクセスには、高所得国と中低所得国の間で大きな格差が生まれた。

日本は、COVID-19に対するワクチン・治療薬の研究開発ともに欧米から遅れをとっており、その教訓を生かして、先進的研究開発戦略センター(Strategic Center of Biomedical Advanced Vaccine Research and Development for Preparedness and Response, SCARDA) が創設されたものの、他国の同様の組織に比べて、その研究開発機能は限定的である点を我々は、同年7月にG7広島サミットが開催された際に、指摘している[7]。しかしながら、その後もG7や今回のG20の議論を見ていても、我が国における創薬エコシステムをどのように抜本的に解決していくのか、さらには医薬品のR&Dで今後ますます存在感を増すことが確実であるG20とどのように戦略的に連携していくのかそのビジョンは見えないままである。

さらに日本が設立を主導し多額の資金拠出を行っているCEPIのポートフォリオを見ても日本の製薬企業・ベンチャーはほとんど参加できていない。このCEPIには既にG7に限らずG20に拠点をおく製薬企業・ベンチャーもどんどん参入しており、この点においても日本はG7のみならずG20の中でも後塵を拝している状況である。同年5月の提言通り、オールジャパンから脱却し、研究開発から実際の製造に至るまでの水平分業体制を進め、国籍にとらわれず柔軟に関連組織とのパートナーシップを構築すべきである。

1)地域レベルでのR&Dの促進
今回のG20保健大臣会合共同宣言にて強調されのは、ワクチンや治療薬、あるいは抗微生物薬について、地域レベルでのR&Dの推進と生産ラインの安定化を行うことである。日本はG7においてはアジア地域内にカウンターパートがいないが、G20であれば今回の議長国インドをはじめとしたR&D推進のためのカウンターパートが存在する。特にインドは、COVAXにおいてワクチン供給の原動力となった世界最大規模のセラム・インスティチュート・オブ・インディア(SSI)が存在することや、いち早く新型コロナウイルスワクチンを開発したことなどから、特に連携を深めていくことが期待される。こうした形で地域内連携を深めていくことは、結果として研究者間の技術交流を促進し、また地域内供給の安定化にも寄与するであろう。

2)水平分業体制の構築に向けた、わが国の強みへの集中的な資源投入
地域レベルでのR&D促進に向けた取り組みは幅広く行っていくべきだが、一方でわが国が何を最も強みとするかを的確に見極め、そこに選択的に資源を投入していくことも怠ってはならない。限られた資源を有効活用し、日本のプレゼンスを高めていくには、弱点の強化を行いつつも、最もわが国が得意とする(あるいは、すべきである)領域に選択的に資源を投入していかなくてはいけない。R&Dで言えば、日本を拠点とする製薬企業がどの創薬領域を得意とするのかを見極め、その強化に向けた資源投入を行うべきである。また、日本はCEPIをはじめ国際的プラットフォームに多額の資金援助を行っていることはすでに述べた。しかしながら、こうした資金援助は、公共益に寄与する範囲で戦略的に行っていくべきである。資金援助を行いつつ、日本としてどのような創薬エコシステム構築を世界規模で主導したいのかを、国際保健外交戦略や安全保障戦略のなかで明確にし、その実現に寄与する資金供与を行っていくべきである。

3)サイエンスとしての創薬エコシステムの堅持
国際協調を行いつつ、国内のR&D体制強化のために支援を行うことの重要性はすでに述べた。しかしながら、R&D体制強化のための支援を行うことは、国益をサイエンスよりも優先することを決して意味しない。残念ながら今回のCOVID-19パンデミックにおいては、科学的エビデンスの存在しない治療薬などを、国産であることを理由に支援し続けるべきという意見が散見されていた。国家レベル、あるいは国境を超えた地域レベルで創薬エコシステムを構築するとき、最も必要なのは強固な信頼関係である。国家レベルの意思決定において科学が軽視され国益だけを追求することがもしあれば、わが国の対外的な科学的信頼は地に落ちる。すでに臨床治験などにおいて複数の研究不正が報告されているわが国にとって、これ以上の信頼低下は避けなければならない。そのためにも、国益は追求しつつも公共益を優先すること、サイエンスとしての創薬エコシステムを堅持すること、そしてそのために意思決定権を持つ層のサイエンス・リテラシーを強化することは、今まで以上に不可欠である。


東京財団政策研究所 

「ポストコロナ時代を見据えたグローバル・ヘルス政策に関する研究」
「ポスト・コロナ時代における持続可能かつレジリエントな医療・看護・介護システムの構築に関する研究」

坂元 晴香(東京財団政策研究所 主任研究員・東京女子医科大学准教授)
向川原 充(東京財団政策研究所 研究員)
清水 一紀(東京財団政策研究所 主席研究員)
藤田 卓仙 (東京財団政策研究所 主席研究員、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 特任准教授)
益田 果奈(東京財団政策研究所 研究プログラム・オフィサー)
渋谷 健司(東京財団政策研究所 研究主幹)


本研究チームより、5月のG7広島サミット時に発出した提言書は、下記よりご覧頂けます。https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4260


注釈

[1] 外務省. 人間の安全保障 分野をめぐる国際潮流https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/bunya/security/index.html

[2] 朝日新聞デジタル 【そもそも解説】「人新世」って何? 地質年代はどうやって決める? https://www.asahi.com/articles/ASR7C74KXR77PLBJ004.html (略)人類の経済活動や核実験によって、環境変化が大きくなり、自然のシステムを変えてしまった時代、という意味だ。(略)

[3] John Kirton, Brittaney Warren and Jessica Rapson, reating Compliance with G20 and G7 Climate Change Commitments through Global, Regional and Local Actors, University of Toronto, April 1, 2021 http://www.g7.utoronto.ca/scholar/kirton-warren-rapson-isa-2021.pdf

[4] India Stack https://indiastack.org/

[5] 環境省 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書, 第3節 海洋プラスチックごみ汚染・生物多様性の損失 https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/html/hj20010103.html  “(略)人間活動が地球環境に与える影響を示す指標の一つに、「エコロジカル・フットプリント」と呼ばれる指標があります。私たちが消費する資源を生産したり、社会経済活動から発生するCO2を吸収したりするのに必要な生態系サービスの需要量を地球の面積で表した指標です。(略)

[6] 厚生労働省 令和4年度ワンヘルス連携シンポジウム https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/000131914_00009.html

“感染症の分野において、動物から人へ伝播する感染症(動物由来感染症)は、人における感染症のうち半数以上を占めると推定されています。動物由来感染症対策には、研究機関や臨床現場の垣根を越えて、医療、獣医療分野などの関係者が分野横断的に連携する「ワンヘルス・アプローチ」の取組が重要であるとの認識が世界的に高まっています。”

 [7] 東京財団政策研究所, G7広島サミットの議長国として日本が行うべき6つの提言, https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4260

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