R-2023-020
Ⅰ. 介護保険給付費・国民医療費に占める訪問看護療養費の推移 Ⅱ. 訪問看護を利用するための手続きの現状 Ⅲ. 訪問看護へのアクセシビリティを向上させるための課題 Ⅳ. 訪問看護の現場における課題の認識 |
訪問看護は、心身機能の維持、回復を目的として、看護師が病気や障がいのある方の自宅を「訪問」し、療養上の世話や診療の補助など、その方にあった看護を行うサービスです。子どもから高齢者、病気や障がいのある方など、様々な方が利用することができます。
第1回研究報告でも述べたように、訪問看護サービスを受けることのメリットは数多くあります。例えば、病院で受けていた専門的な看護ケアを退院後に自宅でも継続して受けることができるため、症状の悪化を防ぐだけでなく、スムーズに自宅での生活が送れるようになります。また、利用者が病院へ通うための負担や利用者家族の精神的な負担も軽減されるでしょう。
しかしながら、訪問看護の利用は、他のサービスに比べて、いまだに増えていません。本報告では、訪問看護の利用状況の現状と課題について、概要を説明します。
Ⅰ. 介護保険給付費・国民医療費に占める訪問看護療養費の推移
介護保険給付費に占める訪問看護サービス費の割合はほとんど伸びていない
平成12年に介護保険制度が施行され、約20年が経過した。介護保険の給付費の内訳を平成13年度と令和3年度で比べると、居宅介護(地域密着型を含む)が34%から62%に伸びたのに対して、訪問看護は2.4%から3.1%までにしか伸びていない。
図1 サービス種類別介護費用額割合
(出所)介護給付費等実態統計(旧:介護給付費等実態調査)(平成13年度から令和3年度)より作成
国民医療費に占める訪問看護療養費の割合は低い水準にとどまっている
国民医療費に占める訪問看護療養費の割合をみると、絶対額では平成18年度の479億円から平成28年度は1,742億円と概ね4倍の水準となり、また、国民医療費に占める訪問看護療養費の割合をみると、平成18年度の0.14%から平成28年度は0.41%といずれも伸びてはいるものの、依然として低い水準にとどまっている。
図2訪問看護療養費が国民医療費に占める割合の推移
(出所)第419回中医協資料、厚生労働省「国民医療費の概況」に基づいて作成
Ⅱ. 訪問看護を利用するための手続きの現状
訪問看護は医療と介護にまたがっており、利用には複雑な判断・手続きが必要となる
訪問看護サービスは、医療保険の領域と介護保険の領域にまたがっており、在宅で療養を希望する人が実際に利用するまでに複雑な判断と手続きが必要となる。
まず、訪問看護を利用するには、介護保険でサービスを受けるケース、医療保険でサービスを受けるケース、自費でサービスを受けるケース、の3つのケースがある。それぞれの利用ケースについて、年齢階層別に利用条件が定められている(表1参照)。
介護保険で訪問看護を利用するためには、利用の前提として要介護の認定を受ける必要がある。要介護の認定を受けていない場合には、市町村の介護保険担当課や地域包括支援センターなどへ申請を行うと、概ね1か月以内に要介護の認定の結果が出る。認定を受けた後、担当のケアマネジャーに相談して、ケアマネジャーから主治医に依頼し、「訪問看護指示書」による指示を受けてから訪問看護ステーションと契約して、ようやく利用開始となる。
医療保険で訪問看護を利用するには、利用を希望する人が、主治医または近隣の訪問看護ステーションに相談した上で、主治医から訪問看護ステーションへの「訪問看護指示書」による指示を受けた後に、訪問看護ステーションと契約してから利用開始となる。
なお、介護保険や医療保険を利用せずに、全額自己負担で訪問看護事業者と契約し利用することもできる。その場合においても、主治医からの「訪問看護指示書」による指示が必要となる。
表1 訪問看護の利用に際しての判断基準
(出所)訪問看護NAVI
Ⅲ. 訪問看護へのアクセシビリティを向上させるための課題
関係職種間で訪問看護に対する理解を深めて連携を進めていく必要がある
平成 23 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業 「在宅看取りの推進をめざした訪問看護・訪問介護・介護支援専門員間の協働のありかたに関する調査研究事業報告書」によると、在宅で看取りを行う場合の他職種との連携上の課題として以下の点が挙げられていた。(訪問看護師・訪問介護員・居宅介護支援専門員に対する郵送調査の結果)
- 介護支援専門員、訪問介護員から訪問看護師に対しての意見としては、「連携のための十分な時間がとれない」、「必要な回数・時間の訪問ができない」が比較的多かった。
- 訪問看護師から訪問介護員、介護支援専門員に対しての意見としては、「専門的知識が不十分」「経験のある人数が不十分」が多かった。
今後は、関係職種間で訪問看護に対する理解を深めるとともに、在宅での看取りに関する具体的な事例に基づき、互いの技術や支援、ケア方法を構築していくことが求められている。
介護保険制度・医療保険制度の基本的趣旨を踏まえて、病院と訪問看護ステーションの効率的な連携のあり方を考える必要がある
平成12年に介護保険制度が施行されるに当たり、国の審議会では様々な議論がなされた。その中で審議会委員の意見としては以下のような声が挙がっていた。
- ドイツの介護保険では、看護婦が中心になってサービス提供事業者になっていくという例がとても多いようだ。かなり医学的な管理を要する要介護家族を抱えていれば、やはり看護婦の資格を持った人に始終来てほしいと思うことが多いのではないか。
(以上、医療保険福祉審議会 老人保健福祉部会・介護給付費部会 第4回合同部会。平成11年2月1日(月))
- 医師の後方からの見守りも大事だが、「医師、歯科医師、薬剤師、管理栄養士、歯科衛生士等」と、「その他の保健、医療又は福祉サービスを提供する者」との整理がつかない。看護婦がもっと前面に出てきてもいいのではないか。
(以上、医療保険福祉審議会 老人保健福祉部会・介護給付費部会 第4回合同部会。平成11年2月1日(月))
- 居宅介護サービス計画の作成変更における主治医等の指示が絶対的なものかどうか疑問であり、介護保険は介護支援専門員の判断が大きくなるよう制度化されている。精神保健福祉の場合でも、医師の指示ではなく指導という言葉を使っている。
(以上、医療保険福祉審議会 老人保健福祉部会・介護給付費部会 第1回合同部会。平成10年12月14日(月))
- 薬と栄養の情報は、直接訪問看護をする看護婦には常に必要なことで、医師に報告が行ってから来るというのでは、少し時間が経ちすぎる。直接訪問看護婦に情報が入る方法を、是非検討していただきたい。
(以上、医療保険福祉審議会 老人保健福祉部会・介護給付費部会 第4回合同部会。平成11年2月1日(月))
上記の意見は、訪問看護のより一層の効果的な活用を考える上で、今日においても重要である。介護保険制度・医療保険制度の趣旨を踏まえると、病院と訪問看護ステーションの効率的な連携のあり方を考えることが求められている。
Ⅳ. 訪問看護の現場における課題の認識
本研究プログラムでは、3つの病院および3つの訪問看護ステーションに対して、訪問看護のアクセシビリティ向上に対して現場が抱える課題についてインタビュー調査を実施した。その結果、訪問看護のアクセシビリティ向上を阻む課題が明確となった。インタビュー調査より抜粋して紹介する。
病院側と訪問看護側の情報共有が不十分であり、連携する機会も乏しい
病院側と訪問看護側の間の情報共有の問題として、患者入院時のアセスメント等で、患者の状況(在宅の状況や家族の状況、介護保険の申請状況、訪問看護の利用の有無など)を病院側が十分把握していないこと、また、訪問看護側から病院側に対して情報発信(訪問看護でどのような退院支援ができるか、どのような効果があるかなど)が十分でないことから、退院後に適切に訪問看護につなぐことができない状況となっている。そもそも、訪問看護で提供される「療養上の世話」についての定義が明確になっていないことも大きな課題である。
また、病棟看護師と訪問看護師が連携して退院支援・在宅生活の支援を行う機会が乏しい。この問題は新型コロナウイルス感染症(以下、コロナとする)が拡大する以前から存在したが、コロナ禍において一層顕在化している。コロナの感染拡大を防ぐために、病棟への家族・関係者の立ち入りが制限(ほぼ禁止)されるケースが一般的となり、家族や訪問看護師が病棟を訪問して、病棟看護師と情報共有したり一緒に退院支援をしたりという取り組みがなくなってしまった。また、病棟看護師が訪問看護師などと同行して退院患者の自宅を訪問して、在宅の状況を確認する等の取り組みも行われなくなった。そのような状況の中、前述した課題と相まって、一層、病棟看護師の意識が退院支援や在宅生活の支援に向かなくなっている。
病棟看護師の患者の在宅生活を支援する意識、経験、技術、方法の問題
病棟看護師の意識の問題として、病棟看護師は入院患者の対応業務で繁忙であり、在宅生活支援の意識が乏しい。そもそも訪問看護に触れる研修や訪問看護師と一緒に活動する機会が乏しいため、訪問看護のことを知らない看護師も多い。そのため、入院患者について「在宅生活は難しい」と判断されやすい状況である。そのような雰囲気を入院患者も敏感に感じ取り、内心では自宅に戻りたくても中々言い出せない状況がある。
また、病棟看護師が患者の在宅生活を支援するための経験・技術・方法に関しても課題がある。近年では平均在院日数を短くするために、積極的に多職種連携や役割分担の強化が図られている。そのため、若い世代の病棟看護師は、病棟の看護業務の役割が大きく、退院支援を担うことが少なくなっている。また、看護学生についても、訪問看護に興味を持ち、自ら勉強して知識を得ている学生が少ないことも課題である。インタビューした病院の中には、病棟看護師が訪問看護ステーションに出向いて研修を受けることで、病院看護師と訪問看護師との連携が高まるという成果を得ている例があった。このような取り組みは、病院看護師と訪問看護師の連携を促進する上で重要となる。
訪問看護指示書の煩雑さ
医師から発行される訪問看護指示書の書式は統一されておらず、紙であることが多いため、取得する手続きが煩雑で、取得に時間がかかる。インタビュー調査では、「訪問看護の立場から訪問看護指示書に記載してほしい内容を指定しにくい。」、「初回の訪問看護指示書は、自由記載ではなくチェックボックスでよいのではないか。」などの声が挙がった。また、在宅医療に取り組んでいる医療機関と訪問看護ステーションの間において、ICTを活用した情報の連携も進みつつある一方で、医療機関側で用いる情報システムがバラバラであるため、訪問看護ステーション側が全ての情報システムに合わせなければならず、大きな労力を要することが課題である。
家族の意識の問題
入院患者と家族の関係や地域性にもよるが、入院患者が自宅へ戻ることに家族が反対したり、抵抗感を持ったりする事例がある。入院患者が自宅へ戻りたいと望んでも、「戻ってきてほしくない」という家族もいる。訪問看護を利用していることが近隣に知られると、「家族の介護を十分にしていない」と周囲から非難される地域もある。そうした課題に対しては、訪問看護の利用が患者にとっても有効であり、家族の介護負担を軽減することにつながることを家族や地域住民に理解してもらう必要がある。そのためには、国民に訪問看護の役割や利用することのメリットを広報する必要がある。
その他の問題
インタビュー調査では、「病院が作成する入院計画書においては、必ず『退院後の在宅生活における訪問看護の利用』をチェックして、不要だと判断したときにチェックを外すべきではないか」、「訪問看護師の絶対数が不足している」、「訪問看護と居宅介護支援事業所など介護サービスの連携を促進する自治体の取り組みが不足している」などの声が挙がった。
本研究プログラムでは、退院から訪問看護利用までの円滑な「移行」を進めるための課題や方策について今後も研究を進める予定である。
[文責:石原]
引用文献:
訪問看護NAVI
https://homonkango.net/about/begin/use/(閲覧日:2023年3月13日)
社会保障・人口問題研究所.「将来推計人口」(平成29年推計)
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp_zenkoku2017.asp(閲覧日:2023年3月13日)
社会保障審議会・介護給付費分科会第142回資料(2017)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000170290.pdf(閲覧日:2023年3月13日)
社会保障審議会・介護給付費分科会第182回資料(2020)
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000661085.pdf(閲覧日:2023年3月13日)
中央社会保険医療協議会総会第419回資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212500_00033.html (閲覧日:2023年3月13日)
厚生労働省.令和2(2020)年度国民医療費の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/20/index.html(閲覧日:2023年3月13日)