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デジタル証明書:科学的なコロナ対策の要
写真提供:GettyImages

デジタル証明書:科学的なコロナ対策の要

December 24, 2021

R-2021-029

20211220日にデジタル庁による新型コロナワクチン接種証明書アプリが公開された。我が国はG7で最も高いワクチン接種率を誇り、1222日時点で国民の77.7%がワクチンを2回接種済み、65歳以上の91.6%2回接種済みである。これだけの規模の医療情報が一気にデジタル化されることは未だかつてないことであり、我が国の医療情報データ基盤としての潜在的可能性の高い仕組みが誕生したこととなる。

証明書の具体的な規格としては、国内向けと海外渡航向けにはSMART Health Cards (SHC) が、海外渡航向けには、加えて、ICAO VDS-NCの形式での発行も可能となった。既に、米国とカナダでは SHCが、EUでは Digital COVID Certificate (DCC)が、中国では国際旅行健康証明がデジタル証明書の規格として展開されている。

 表 主要デジタルワクチン証明書の比較表


(出所)コモンズ・プロジェクト日本委員会事務局

このように、世界中でデジタル証明書が普及することは、私たちの生活や社会経済にとってどのような意味を持つのだろうか。そして、その普及にあたっては何に留意すべきであろうか。

医療データを社会的に活用する際に最も大切なのは理念である。機微性が高く、生命・身体への影響がある情報であるため、安易に用いることがあってはならない。ここでは、特に大切な論点として、本人によるデータ管理、偽造防止性を含めたデータの真正性、エビデンスに基づく政策立案、相互運用性、そして国際標準の確立について論ずることとする。

まず、本人によるデータ管理が重要である。世界中でデジタル証明書が発行されている中、感染症に関する情報の把握を名目とした、国家による過大な監視への警戒も必要だ。例えば、シンガポールのようにコロナの接触追跡アプリ(TraceTogether)の情報が犯罪捜査にも用いられる場合がある。国家が情報を集中的に管理するのではなく、各個人がスマートフォンでデータを持ち、その内容へのアクセスも本人がコントロールすることを原則とすることは、個人データ保護に関する民主社会の国際的な潮流となっている。我が国も、民主国家として、専制的な監視国家とは一線を画すべきである。

また、紙のワクチン接種証明書は偽造が容易であり、実際、偽造された紙の証明書が世界各地で問題となっている。悪貨が良貨を駆逐するのと同様に、偽造された紙の証明書が一定数登場すれば、ワクチン証明書への社会的な信頼は失墜する。これが紙ではなく、偽造ができないデジタル証明書の普及が喫緊の課題である所以だ。ただし、デジタルでありさえすれば偽造防止ができるわけではない。ワクチン接種や検査結果のデータを提示するにあたり、そのデータは確かに医療機関が一定の基準に基づいて提出したものだという真正性を誰が担保すべきかという問題も解く必要がある。ブロックチェーンなど、技術的にデータの信頼性を担保するような仕組みが増えてきている中で、究極的にはどのような根拠で目の前のデータを信頼するかという問題である。この問題について、EUや中国では、国家が保証するというアプローチをとっている。しかし、米国、カナダはSHCを用いて、民主的に相互に信頼を構築する方式を採択している。これは、国際的な学術論文が、世界の研究者の査読(ピア・レビュー)によって評価されるのと同様の仕組みである。科学的な領域では、国家のような権威ではなく、科学者のコミュニティが信頼を付与するものだという伝統がそこにはある。現状の一部のワクチン証明書アプリは、接種済み証をカメラで撮影したものをアップしさえすればよく、偽造も可能である。一方で、今回の新型コロナワクチン接種証明書アプリのデータは、VRSVaccination Record System、ワクチン接種記録システム)との紐づけとマイナンバーカードの利用によって真正性が担保された形での発行がなされる。特に、SHCを用いて米国等と同じ思想によるデータの取扱いを可能としたことは特筆に値する。しかし、PCR等の検査データに関しては諸外国と比べて遅れており、同様にSHCを用いたデジタル検査証明書の発行を進めるべきである。

デジタル証明書を活用することで、新型コロナウイルス対策の有効性に関するデータを蓄積し、エビデンスに基づく政策立案を発展させることも大切だ。現状のワクチン・検査パッケージの機能には含まれていないが、スポーツ施設、文化施設、レストラン、交通機関などでデジタル証明書が活用されるようになれば、様々な新型コロナウイルス対策の有効性に関する科学的な調査も、本人の同意に基づき可能となりうる。接触確認アプリCOCOAに関しては、そのデータを政策や研究の目的で用いることを想定した設計はなされなかった。デジタル証明書に関しては、国際的には既に用いられており、データを用いた比較分析も期待されるところである。新たな変異株であるオミクロン株が出現した今、デジタル証明書を活用したデータ基盤の形成と、そのエビデンスに基づく政策立案が急がれる。東京財団政策研究所においても関連の研究をさらに進めたい。

相互運用性の確立は、国内外で重要な課題となっている。ワクチン・検査パッケージに関しては、我が国では欧州とは違って政府が公式のものを作らない方針であるため、民間主導で様々なアプリが既に乱立している。その結果、都道府県ごと、利用シーンごとに複数のアプリを使わなければならない。今回のワクチン接種証明書アプリに関しても、そこで示される証明書を別アプリと連携させた運用が想定される。また、国際的にも、海外渡航時の証明書提示用アプリが乱立している。どこの航空会社を使ってどこの国に行くかによって、別のアプリを用いなければならない。複数種類・複数言語の証明書がある場合、その内容を入国に必要な条件に即して適切に確認するのは空港等の現場としても負担が大きい。紙の証明書をデジタル証明書に切り替えることによるコストの大幅軽減が期待されているが、単にデジタル証明書が提示できるだけでは不十分であり、世界中の証明書が効率的に読み取れるリーダーの開発、アプリ間での相互運用性の担保、予約サイト等へのAPI連携によるエコシステムの整備などがなければ、デジタル化の真のメリットは享受できない。身近な例では、地域ごとに展開されているワクチン・検査パッケージも、相互運用性なくしては、自治体をまたいだ移動への対応ですら十分にできない。ビジネスマンや留学生が国を超えてデジタル証明書を使おうとすれば、相互運用性の課題はさらに深刻だ。どこの国のどのような状況であっても1つのアプリで本人の情報を提示できるようにすることを目指すべきだ。国際的な標準化を進めようという動きもある中、デジタル庁による国内外でのリーダーシップが必要な領域といえる。

米国と日本がSHCを採択したことにより、GDPで世界1位と3位の国が1つの規格を支持する状況が出現した。米国がSHCを選んだ背景としては、医療データの国際標準(HL-7 FHIR, WC3)に則っているオープンスタンダードであることも大きい。一方で、EUと中国は独自の規格を採択している。問題は、世界の他の国々がどの規格を採択し、どの規格が国際標準となるかだ。新型コロナウイルス感染症の突然の流行に伴い世界中で登場したこれらの証明書の規格は、あらゆる医療データの規格の基礎となりえる。日本は、米国やアジアの他国と連携してアジア太平洋横断の国際標準を構築すべきである。

現在政府が推進している、個人が自らの健康・医療情報を見ることができる仕組み(PHR: Personal Health Record)としても、今回のデジタル証明書の活用は重要なユースケースとなる。SHCを用いることで、各個人が自らのスマートフォンに健康・医療情報を持てるようなPHRアプリとの連携が進む可能性がある。現状の日本のワクチン・検査パッケージの運用としてはクーポン券の発行等限定した目的に限られているが、SHCを運用している米国では既にMayo Clinic等においてPHRアプリとして一体でサービスが行われている。

今回のデジタル証明書は、世界における科学的なコロナ対策だけではなく、未来の医療データのあり方を方向付けるものともなりうる。重要なのは、この国際標準の国際競争が、産業的な競争であるだけではなく、本稿で繰り返し述べてきた理念の競争であるという戦略的な視点である。我が国は、自由で、開かれた国際社会を主導する国として、理念にもとづくデジタル証明書の活用を成功させる意思が問われている。

  

2021年12月24日付東洋経済オンライン記事を加筆の上、掲載

※本Reviewの英語版はこちら

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