R-2022-114
1.サーベイランスの重要性 2.5類変更により、求められる情報とは 3.今後に向けて |
1.サーベイランスの重要性
新型コロナウイルス感染症対策本部で、岸田文雄首相は5月8日付でCOVID-19の感染症法上の類型を2類相当(新型インフルエンザ等感染症)から5類感染症に変更することを発表した。
5類感染症とは「国がサーベイランス(発生動向の調査)を行い、その結果等に基づいて必要な情報を国民や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・拡大を防止すべき感染症」である。現行の5類感染症には、現状のCOVID-19のように一年に3回も大規模な全国流行を起こし、そのたびに医療が逼迫して多くの死亡者が生じるようなものは含まれておらず、既存の5類感染症と同じように運用すれば大きな混乱になる可能性が高く、適切な類型で無いことは確かである。このため政府は医療費の公的負担といった行政介入をしばらく続け、段階的に移行していくことを計画している。
5類というのは、基本的に政府は情報を提供する以上のことは何もできない、しないというものであり、すべては国民の自助努力によって対応しましょうということである。故に、国民と地方行政、医療機関が適切な対応をとって、少しでも被害を減らせるように、十分な情報提供と対策の勧奨を行うために効果的なサーベイランスを設置しておくのが国の責務の一つである。
現状、非常に多くの軽症者や無症状者が存在するので、従来の医療機関からの全数届出では流行状況の全体像を把握出来ない。当然のことながら症状が軽ければ医療機関を受診しないため、新型コロナと診断されず、その届出もされないからである。(これ故に欧米はすでに全数届出でカウントすることをやめている。)
図1.三重県における法に基づく届出患者数と死亡数、そして定点サーベイランスデータ
三重県ILIサーベイランスデータ(https://www.kenkou.pref.mie.jp/covid19mie/)および厚生労働省データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-(https://covid19.mhlw.go.jp/)より著者作成
現在の第8波の全数届出による感染者数は第7波よりも少ないが、死亡者数が第7波より多い。これはなぜだろう。図1に三重県の定点サーベイランスのデータを示す。感染者数は、全数届出では第8波で低くなっているが、定点サーベイランスからの報告数では第7波と同等か多いくらいであり、おそらく定点の方が実情とよく合致している。もちろん、死亡数が多いのはカウント方式の差だけが原因ではないが、全数届出がベストではないことを示しており、定点サーベイランスの方が信頼出来るといえよう。
そもそも定点サーベイランスというと、日本では単に全数ではなく、届出を一部の医療機関に減らすだけと思われているが、本来はsentinel surveillanceの日本語訳である。sentinel、歩哨というのは敵の襲来を迅速に探知するのが役割であり、定点サーベイランスにおける定点には、そういう医療機関を選ぶのである。(この意味で三重県のsentinelは非常に良く機能していると言えるのである。)
2.5類変更により、求められる情報とは
さて、5類にするということは、国民が自助努力で対応出来るような情報を提供するのが国の役割である。どのような情報が必要か、基本はtransmission, severity and impactである。つまり、国民の皆様に現在の地域での感染伝播状況を示し、地域における感染リスクを示し、自分の行動を判断頂くようにする。また、感染したらどのくらい重症になるか、最悪の結末である死亡するリスクがどの程度かという情報も必要である。
医療機関に対しては医療の需要と供給に関する情報が必要であるし、院内感染のリスクを考える上でも地域での感染リスク(感染伝播状況)は重要である。そして最終的に国民の健康へのインパクトというのは国自体が把握する必要がある。単一のサーベイランスでこれらすべての情報を入手するのは不可能であるので、複数のサーベイランスを実施し、マルチソースの情報を包括的に評価しなければならない。別に新しいことをやるわけではなく、サーベイランスの原則である。
まず地域での感染リスクについては、発熱と上気道症状がでたときに、それがコロナである確率をインフルエンザ様疾患サーベイランス(Influenza-like-Illness (ILI) surveillance)を用いて示すことがあげられる。インフルエンザ様疾患サーベイランスとはグローバルスタンダードである、急性呼吸器症候群の患者の受診数とその中でのコロナの検査が陽性の人の割合をみることである。コロナ以前はインフルエンザが主な疾病だったので、この名称が用いられているが、現在多くの先進工業国では急性呼吸器症候群患者数についてインフルエンザ陽性割合、コロナ陽性割合、あるいは他のRSウイルス陽性割合等を算出して、包括的な呼吸器症候群サーベイランスを行っている。この利点は、例えばある時期ある地域で発熱と上気道症状症例の中でコロナ陽性になる割合が50%であれば、その地域に住む人は、自分が風邪症状を呈したときに、自分がコロナである確率が50%だということを知ることが出来ることだ。「この地域ではコロナになるリスクが高い」と認識すれば、おのずとどういう対策を取るかの判断につながる。一方、医療機関がこの情報を得れば、受診中の発熱と咳の症状がある患者がコロナであるリスクがわかるので、やはり診断の一助になるのである。また、このサーベイランスは発熱と上気道で受診する患者数がわかるので、そのまま外来診療機関への負荷を評価でき、また、発熱と上気道症状をもつ人に対して検査を行うので、このデータを使って、テスト・ネガティブ・デザインのワクチン効果も評価できる。
感染者の多くは軽症であっても、一部の普段から健康な人も重症化するし、ハイリスク者は一定の確率で重症化するので、医療機関は重症化のリスクを知って診療しなければならないし、一般の方々も知る必要がある。このためには、入院例、重症例、死亡例のサーベイランスは不可欠であるし、受診時の検体はその病原体の遺伝子型などを調べる病原体サーベイランスにリンクしなければならない。これらも必ずしも全数届出である必要は無く、重症化のリスクを評価するために一定の分母と分子を規定したサーベイランスを行うだけである。これにより地域における医療逼迫の評価も可能になるし、医療逼迫については救急コールサーベイランスと搬送にかかる時間や搬送不能例サーベイランスも重要な指標である。
当然のことながら、亡くなられた人の本当の死亡原因の推定はなかなか難しいので、どういう死亡者をコロナの関連死亡として考えるかは定義しなければならないし、これも複数の情報によって評価しなければならないので、同時に迅速に把握出来る超過死亡の評価や地域や病院グループネットワークのデータも有用である。
図2.新型コロナウイルス検査 陽性率
出所:三重県新型コロナウイルス感染症対策サイト(https://www.kenkou.pref.mie.jp/covid19mie/)
ちなみに、2月6日現在届出感染者数は減少しつつあるが、三重県におけるサーベイランスによると三重県における陽性率はそんなに劇的には下がっていない(図2)。これは届け出られる、つまり受診する患者数は減っているけれども地域におけるウイルスの循環はそんなに大きくは下がっていないと言うことであろうと考えられる。
3.今後に向けて
新型コロナウイルス感染症の類型変更は感染対策を緩和することが目的ではない。より合理的な対策に向けての一歩なのであって、5類に変更したらそれで終わりではない。海外では変異株の拡大に伴って感染者が増加し医療逼迫につながっているところもある。国家は、流行規模、重症度、死亡、変異株、ワクチン効果と医療逼迫を包括的に評価できるサーベイランス体制を整備して、国民が、医療機関や施設、事業所が適切な判断ができるように十分な情報提供を行い、そして状況が悪化すれば国家として適切な判断を行い、速やかに必要な対策を実施できるように準備をしておくべきであろう。
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