R-2023-039
研究プログラム「看護がつなぐ医療と暮らし 在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上のための政策研究」では、在宅看護へのアクセシビリティ、つまり看護のニーズが高い患者の退院時に、より早く訪問看護サービスを利用できるよう、環境整備に向けた政策提言を行うことを主旨としています[1]。具体的には、患者や家族が訪問看護サービスを利用するために必要となる情報を得る手段、病院から地域の在宅看護へ途切れなくケアをつなぐための医療従事者や行政の連携など、こうした事象に対するアクセシビリティ向上を目指しています。そのため、本研究の要となるのが、訪問看護ステーションをはじめとする、在宅看護の現場の声をしっかりと受け止めることです。
今回は、横浜市内で日本財団在宅看護センター横浜などを運営する株式会社在宅看護センター横浜の代表取締役山本志乃氏へのインタビューを紹介し、我々の研究活動への新たな視点や示唆について報告します。
山本志乃(株式会社在宅看護センター横浜代表取締役) 【資格】看護師(日本財団在宅看護センター起業家育成事業修了) 【経歴】病院、診療所、特別養護老人施設での勤務を経て現職 |
在宅看護サービスへのアクセスについて、現状や課題を聞く前に、山本氏が訪問看護ステーションを運営するに至った経緯や自身の背景について、いくつか質問をしました。
―訪問看護に転職したきっかけは何ですか?
大きなきっかけとなったのは、18年ほど前に父親を在宅で看取った経験ですね。父親の遺言というか、私への宿題だと思います。父親は、がんで亡くなったのですが、ずっと自宅で死にたいと言っていました。でも、父親をはじめ、母親なども、治療の内容や医療のことについて、全く知らない状況でした。その当時は、私は主にケアマネジメントの仕事をしていたので、自分の家族の支援を実践してみたのですが、結局は、自宅で看取ることはできませんでした。母親からは、「あなたの言うとおりにして、よかったのかしら?」と言われてしまいました。その時に、「在宅での看護のあり方」を振り返るようになりました。そして、そこから迷いながら、自分が訪問看護を実践するようになりました。
―訪問看護のやりがいとは?
訪問看護は、在宅の患者さんの生活を垣間見ることになります。新型コロナウイルス感染症禍において、自宅に私たちを入れてくださることは、大変なことだと思います。生活全部を見るわけではないのですが、垣間見える生活の中に、患者さんの生き方や人生の体験などを感じることが多いのです。訪問看護の利用者さんから、勇気やエールをいただける貴重な仕事だと思います。
山本氏の在宅看護の現場を担う覚悟や理念を共有したところで、本研究のテーマである在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上について、現場で感じる課題や要望について意見を伺いました。
―在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上への課題は何か?
病院の医療従事者やケアマネジャーらの関係者に、訪問看護についての理解が、まだまだ浸透していないということです。
仕組みとしても、医師の指示書をいただけないと、訪問してサービスを提供できませんし、介護保険を利用する高齢者の場合は、さらに、ケアマネジャーが計画する「ケアプラン」に入れてもらわないと訪問看護サービスは提供できません。
―利用者に看護サービスを届けるには、訪問看護へつなぐ判断や指示を担っている病院の医療従事者やケアマネジャーにつなげてもらう必要がありますが、彼らにはどのような働きかけをしていますか?
従来の看護師の職務では、「営業」は経験したことがないので最初はすごく戸惑いましたが、訪問看護についてご理解いただくには、ケアマネジャーや病院スタッフに直接会うことが重要だと思っています。訪問看護サービスの利用が広がるには、この信頼を得ることが必要なので、できるだけ足を運んでいます。病院の地域連携室[2]や退院支援室[3]などと、できるだけ接点を持つようにしています。報告書や患者さんのサマリーを病院に直接持参し、退院前の共同カンファレンス[4]に「必ず呼んでください」と依頼し、訪問看護師が参加するようにしています。
患者さん本人や家族、訪問サービス提供につないでくれたケアマネジャーたちに、「訪問看護は効果がある!」と思ってもらえることが最も大切だと思います。
訪問看護は、水道や電気などと同じように、在宅生活のインフラだと思います。命をつなぐために、なくてはならないものと考えています。
当センターでは、訪問看護の役割について具体的な3本柱で説明しています。第1は、利用者の病状や体調を見せていただくこと:体温・血圧・血中酸素濃度・脈拍・胸の音・お腹の音を把握して、痛みのケアや清潔のケア、チューブ類の管理などを行うことです。第2は、多職種でケアすること:直接自宅に訪問するのは訪問看護師ですが、背景にいる医師や理学療法士、介護職など多職種と連携して、チームとしてサービスを提供するということです。第3は、病状のことで家族が心配なことがあれば、いつでも訪問看護師が相談に乗るということです。
このように、わかりやすく訪問看護師の役割を伝えることで、訪問看護の普及に努めています。
まだまだ訪問看護を知らない人が多いです。在宅で療養することを選択肢の一つにできる環境にしておきたいです。訪問看護を利用することで、その選択が実現できることが多いのです。
残念なことに、時には、病院側が入院している患者さんについて「この患者さんは、在宅生活は無理です」と決めつけてしまうことがあります。しかし、在宅生活の場には、生きるすべや工夫の余地が多数あり、在宅生活で患者さんの状態が良くなるケースも多いです。
その第一歩は、患者さん本人が「自宅に帰りたい」と言えることが重要です。そして、その意思を病院が尊重して対応していくことが重要です。
―病院側に、要望することはありますか?
患者さんが病院側に遠慮してしまい、「自宅に帰りたい」と言えない事例もあります。実際に、在宅での療養が難しいと考えられた心不全の末期症状の患者さんを、病院と訪問看護、多職種で連携して在宅で看取った事例もあります。だから、病院側が患者さんに「絶対に、在宅での生活は無理!」と言わないでほしいです。在宅生活を支えるのは、「訪問看護」ですから。病院側の職員にもっと訪問看護を知ってほしいし、活用してほしいです。
訪問看護師が病院に直接訪問し、患者さんの情報を病院の医師や看護師から直接得ることで、互いの業務の負担を減らし、より早く患者さんを自宅に戻すことができます。例えば、病院側の担当看護師と訪問看護師がケアについて直接やり取りしたほうが、在宅での生活にスムーズに戻れますよね。患者さんの退院時の指導も、訪問看護師が病棟に伺い、在宅の情報やケアに使用する物品の選択をしたほうが効率的だと思います。そうすることで、患者さんが自宅で生活するために、レンタルが必要な物品や購入するべき物品を、患者さんや家族に直接お伝えすることができますよね。
医師についていえば、「訪問看護指示書」を詳しく書く医師もいれば、そうでない医師もいます。例えば、医療の専門分化が進んでいるため、患者さんの皮膚のトラブルにうまく対応できない医師もいます。医師が「訪問看護指示書」の記載内容を考えているうちに時間が経過してしまい、皮膚トラブルが悪化する事例などがあります。そうした時には、ベテランの訪問看護師であれば、皮膚科の医師と連携してうまくケアすることもできます。病院側や開業医も、訪問看護師をもっとうまく利用していただきたいと思っています。
まとめ
今回の山本氏へのインタビューを経て、「在宅看護サービスの現場からみたアクセシビリティ向上への課題」について、主に以下3点の示唆を得ることができました。
- ケアマネジャーや病院の医師、看護師、患者とその家族が、訪問看護の実際を知らないこと
- そのため、病院の医師や看護師による訪問看護の活用判断が遅れること
- 訪問看護の指示書を受け取るまでに時間がかかること
これらの課題は、在宅看護サービスへのアクセシビリティを妨げる要因の一部と考えられます。今後も引き続き訪問調査を行い、現場の状況から、在宅看護サービスへのアクセシビリティを阻害する要因の概要を明らかにし、病院から在宅看護へのスムーズなサービス提供を実現するための仕組みについて検討し、政策提言へとつなげていきます。
[1] 在宅看護とは、「自宅やそれに準じた環境で療養生活をしている新生児から高齢者を対象に、保健・医療・福祉のあらゆる面から、生活の質quality of lifeを高めるため、本人および家族に対し、看護を提供すること」である。(山田雅子「在宅看護の目的と特徴」医学書院,2013)一方、訪問看護は、療養中の利用者がいる居宅(グループホームや介護施設などを含む)に看護師などが訪問して、医療的ケアを行うことを指す。在宅看護と訪問看護は明確に区別されているわけではないが、本稿では上記の定義で整理している。
[2] 地域医療連携室とは、退院に際して、訪問看護の利用や、他病院・他施設への転院など、患者の状態に適したサービスを受けることができるよう、調整や支援を行う部署。
[3] 退院支援室とは、医療機関に入院している患者の退院後の生活に向けて、関連する職種や地域の事業所や医療機関と連携し、退院支援を行う部署。
[4] 退院前の共同カンファレンスとは、退院時カンファレンスとも呼ばれており、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどの病院のスタッフや在宅の担当医、訪問看護師など地域の関係者が参加し、退院後のサービス内容について情報共有を行うこと。