【シンポジウムレポート】Web3.0化する保健医療:自律・分散・協調型システムの構築に向けて | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

【シンポジウムレポート】Web3.0化する保健医療:自律・分散・協調型システムの構築に向けて

【シンポジウムレポート】Web3.0化する保健医療:自律・分散・協調型システムの構築に向けて

October 21, 2022

2022年722日に開催した東京財団政策研究所「政策提言シンポジウム-政策研究と実践のイノベーションに向けて-」では、当財団の再出発にあたり、新たな理念と研究内容をご紹介し、意見交換をさせていただくことを目的として、市民生活の土台を成す、経済・財政、環境・資源・エネルギー、健康・医療、科学技術とイノベーション、デジタル化と社会構造転換などのテーマによる発表が行われました。
本レポートでは渋谷健司研究主幹による講演を紹介します。

講演資料はこちら

1.医療DXに対する誤解
2.医療費削減志向からの転換
3.日本の保健医療システムの現状
4.世界的に広がる不安感
5.自律・分散・協調型システムへの転換

1.医療DXに対する誤解

今、医療DXブームが起きている。実際、内閣府の「骨太の方針」(2022年)には「全国医療情報プラットフォームの創設」、「電子カルテ情報の標準化」、「診療報酬改定DXの推進」、「医療DX推進本部(仮称)の設置」などが提案されている[1]。また、2025年開催予定の大阪・関西万博のアイディアとして「AR活用による手術支援」や「VR活用によるリハビリ」などが目玉の一つとして紹介されている。しかし、これらは、本当の意味での「DX(digital transformation)」と呼ぶことはできない。Oxford英語辞典によると「トランスフォーメーション」とは、「A complete change in something」と定義されている。つまり、「完全なる変化」、これが無ければ、DXではなく、ただのデジタル化に過ぎないのだ。新型コロナ禍によってこれまでのシステム不全を露呈させた保健医療分野においてこそ、デジタル技術を活用しながら、本当の意味でのトランスフォーメーションを行う必要がある。本稿では議論を進める上で、保健医療システムにおけるトランスフォーメーションとして、1)医療費削減志向からの転換および2)自律・分散・協調型システムへの転換を検討することにする。

2.医療費削減志向からの転換

新型コロナはこれまで放置され続けていた日本の保健医療システムの脆弱性を露呈させた。特に、昨年夏の第5波から現在にかけて、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(誰もが必要な時に適切な医療を支払い可能な価格で享受できるシステム)を誇る我が国で、入院先が決まらないまま亡くなる、まさに「自宅放置」で亡くなる方が多数いるという事態は衝撃的である。日本は病院の多くを民間病院が占めており、また「広く、薄い」非効率的な医療提供体制のため、急激に医療需要の増大する新型コロナ対応が極めて困難であったことは否めない。

しかし、こうした課題は政府内でも当然認識されており、既に20207月には自民党の行政改革推進本部(塩崎恭久本部長)が、120年以上前に制定された旧態然とした感染症法の抜本的改正を提案した[2]。これまでの感染症研究所や保健所を中心とした公衆衛生体制に変革を迫る画期的な提案であった。しかし、実際の改正では根本的な課題(公衆衛生体制と医療の分断)は維持されたままであり、その結果として、現在の保健医療システムの破綻に至っている。新型コロナがパンデミック期からエンデミック期に移行する今こそ、保健医療システムのトランスフォーメーション、「A complete change」の時が来ていると言えよう。

社会保障改革は、日本の社会経済改革の非常に重要な課題である。しかも、現在、その主な焦点は医療費抑制である。特に、新型コロナ禍で露呈した保健医療システムの不備や膨れ上がった補助金を鑑みると、「医療界はけしからん、医療費をさらに削減すべし」という意見があることを理解することはできる。実際に、コロナ禍の臨床現場で多くの医療関係者が疲弊する一方で、被害の大きかった第5波の時に、本来コロナ患者を真っ先に入院させるべき公的急性期病院(国立病院機構や地域医療機能推進機構など)におけるコロナ病床数は全体の約5%程度と極めて少なかった[3]。こうした機能不全や保健医療システムの置かれた状況を俯瞰的に分析し検証することなく、一概に、医療費の抑制が必要だという短絡的な発想では、ただでさえギリギリで持ちこたえている保健医療システムの不全はさらに進み、取り返しのつかない事態に陥る可能性がある。

財務省をはじめ政府関係者、そして、多くの医療経済学者などの間では、社会保障費が何十兆円にものぼり、その主因が医療・介護費にある、特に、医療費は「高齢化を背景に鰻登りに増える、ともかく削減する必要がある」という意見が多勢を占めているように見える。しかし、データをよく観察すると、本当に医療費を削減してよいのか、医療費を削減する前にやるべきこと、そして、価値のあるところにはきちんと支援をする必要があると考えることもできよう。

1の高齢化率と社会保障給付の対GDP比での国際比較みると、日本は高齢化が急速に進んでいるにもかかわらず、対GDP比は大きく上昇していないことが分かる[4]。各国の中で日本において高齢化が突出して進行していることはグラフを見ると明らかだが、それは高齢人口の急激な増加というよりは、少子化が異常に進んだ結果である。75歳以上人口の増加は、なだらかに増えるのみで、いずれはピークアウトするが、逆に、少子化により生産年齢人口が著しく減少しており、高齢化によって社会保障給付が大きく増えているわけではない。

1 高齢化率と社会保障の給付規模の国際比較(対GDP比)

出典: 厚生労働省

厚生労働省が公表している社会保障給付費用推計でも、医療費と介護費のみが右肩上がりに増加しているが、果たしてこの将来推計は妥当なものであろうか。これまでの医療費の将来推計は大幅な過大評価であることが多い。もちろん、将来推計は将来を正確に予想するためのものではなく、あくまでも将来起きうる出来事や政策オプションのシナリオ分析の手段であり、また、政策介入やその他の要因によっても医療費の推計は多く変動する。特に、どのような仮定に基づいたモデルを採用するかによって推計結果が大きく変わってくることは、コロナ感染者数の推計を見ても明らかであろう。

こうした政策的に極めて重要な推計は、財政政策を誘導する省庁が一義的に公表するよりも、独立したシンクタンクなどが行う方がフェアな議論が可能であると考える。例えば、財務省出身の小黒一正法政大学教授の医療費の将来推計では、医療費が下がっていくような分析結果も出ている(図2[5]。高齢化が進むのは少子化による影響が大きく、また、高齢者が医療費を押し上げているわけでもなく、その多くは医療技術の進歩によって説明できることが多い。

2:国民医療費(単位:兆円)

生物学的なプロセスである高齢化を理由に医療費削減を政策の主な目的にすることは、まさに木を見て森を見ずであり、保健医療システムが高い付加価値を提供できているならば、それに見合う費用は当然のごとく支払われるべきであろう。また、財政当局的には、対GDP比で医療費が上がっていき、予算的に予見不可能になる事態を避けたいという考え方は極めて合理的である。しかし、際限なく対GDP比で医療費が今後上がっていくわけではなく、医療費を例えば対GDP比で10数%程度に抑え込める、というような見通しを医療界が出すことができれば、今の医療費削減原理主義的な議論から、より生産的な議論が可能になるのではないだろうか。

3.日本の保健医療システムの現状

こうした医療費削減志向の中で、現在の日本の医療の状態はどうなっているのだろうか。世界保健機関(WHO)の2000年の「世界保健報告」の中に、1997年度の保健システムの目標達成度の分析結果が掲載されている[6]。日本は世界一位で、当時、WHOで分析を実際に担当した筆者自身も大変誇らしかったことを記憶している。この当時、分析に活用できるデータには限りがあり、WHO 加盟国193ヶ国のうち、使用可能なデータがあるのは3分の1程度であり、多くは先進国や中進国の一部で、開発途上国の多くは統計モデルによる推計が多くを占めた。そのような状況でも、日本の保健システムは誰もが認める世界一のシステムであったことに疑いの余地はない。

それから20年近く経った2017年に、英ランセット誌に筆者らの研究チームが掲載した、日本の都道府県別の健康寿命の推移に関する分析がある[7]2013年に厚生労働省は「健康日本21 第2次」を作り、目標は健康寿命の増進と格差の縮小という2つの大目標を打ち出した。しかし、筆者らの分析では、健康寿命は伸びてはいるが、その格差が都道府県レベルでは大きく増加している(表1)。滋賀県と青森県では健康寿命に3年もの差がある。健康寿命で3年の差というのは、実際には死亡率と障害の罹患率において、両県には大きな差があることが推測される。また、年齢調整死亡率の減少率についての図を見ると、近年、死亡率の低下、つまり健康の改善の度合いは停滞しており、「健康日本21」の大目標とは全く逆の方向に向かっている(図3)。

1:都道府県別の推計平均寿命と健康寿命(2015年)

出典: Nomura et al. The Lancet 2017

3:年齢調整死亡率の年次変化率の推移
出典: Nomura et al. The Lancet 2017

こうした健康指標の改善の停滞や健康格差の増大が進む中で、保健医療の現場は疲弊しつつあり、持続不可能な状態になりつつあることはあまり知られていない。医師が高待遇で魅力的な職業であった時代は終わり、医療職は最も過酷な職業の一つになっている。それは、新型コロナ禍が始まる以前から続いており、現在の新型コロナによる「医療崩壊」とも言える医療体制の機能不全は、当然予見されたものであった。筆者が副座長を務めた「医師の働き方改革に関する検討会」において示されたデータでは、医師の平均的時間外労働が労働基準法で定められた80時間、安倍政権時の改革で厳格に定められた年960時間を大きく超えていた。特に若手の病院勤務医師などは非常に長時間働いており、中には年2000時間以上の時間外労働に相当する例も多数あった[8]

それを象徴する問題として「無給医」の存在がある。「無給医」とは、正規ポスト数の限られた大学においてポストが無く、医大学院生として授業料を払い研究をするという名目で、実際は病棟などの臨床現場で朝から晩まで診療している医師のことだ。診療をしていても、肩書きは大学院生だから給与は出ずに、休む間もなく週末のアルバイトで生計を立てている。輝かしい日本の保健医療システムが、彼らの犠牲の上に成り立っていることは、多くの国民は知らない。筆者が検討会の中間取りまとめの最初に、「まず、長時間労働の医師の自己犠牲に支えられている我が国の医療は、危機的な状況にあるという現状認識を共有することが必要である。」という一文を入れたが、それにも多くの抵抗があり、非常に驚いたことを今も鮮明に覚えている。大学病院や急性期病院の若い医師の待遇改善に焦点をあてるため、メディアによるキャンペーンを行い、ようやく文部科学省が「無給医」の調査を行い、構造的な欠陥にメスが入れられることとなった。

しかし、多くの病院勤務医が過重労働・超過勤務をおこなっている実態は依然として存在している。その主な原因として、機能の分化が行われずに、民間の中小の病院が乱立し、個々の病院で各科の医師が求められる非効率的な医療供給体制がある[9]。これは「広く、薄く」医療を提供する上では良いかもしれないが、今回のコロナ禍ではその限界が国民の目にも明らかになった。さらに、医療安全の観点からも、こうした若い医師は制度的に守られていない。どんなに最善を尽くしても、医療事故は起こりうる。しかし、我が国の多くの判例では若い医者が最終行為者として判決が出てしまっており、判決文には「未熟だった」、「経験が足りなかった」、「注意不足だった」などの意見が並んでいる。

ただでさえ過重労働・超過勤務が恒常化している中で、事故の原因を単に若い医師に負わせることでは、医療事故を防ぎ、患者の安全を担保できるはずがない。さらに、そこに医療費抑制の圧力がかかり、現場の疲弊度は悪化している。これには、財政的な措置が必要であり、大磯義一郎浜松医科大学教授は、保険料や税金とは異なる形で、こうした現場の医師たちを守るために、無過失補償制度の創設を提唱している[10]

「ファクトフルネス」という本で日本でも一躍有名になったハンス・ロスリング教授は、筆者のWHO時代からの友人である。医者でありながら、統計データをビジュアル化して、いかに真実を効果的に伝えるかということに一生を捧げてきた彼が次のように言っている。

 

Health cannot be bought at the supermarket .You have to invest in health. (スーパーで健康を買うことはできません。健康に投資しなければなりません。)」

 

今こそ、私たちは彼の言葉を噛み締める必要がある。悪戯に医療費抑制を目的とする施策は、保健医療システムをさらに破壊しかねない。

4.世界的に広がる不安感

新型コロナは住んでいる地域やどこで働いているかによってその影響が大きく異なり、社会経済上の格差の存在を見せつけた。コロナ禍で明らかになったことの一つに、自治体や企業、そして、私たちが自分で自分を守らなければならない時代がきたということだ。個々でリスクを管理する必要のある、極めて不安定かつ厳しい時代になるであろう。それは、日本だけでなく世界的な傾向であり、実はコロナ禍以前から人々の不安感は広がっていたことが、国連開発計画(UNDP)の最新の報告書で示されている[11]。経済状態や健康指標の高い非常に豊かな国々においても安心感を持っているのは人口のわずか23%ほどであり、多くの国民は不安を感じている(図4)。これはコロナ前の調査に基づくデータであり、コロナ後はウクライナ問題や気候変動などを受け、不安感を持つ人がさらに増えている可能性が高い。

4

出典:「人間開発報告書室(Human Development Report Office)」によるWorld Values Survey調査の分析結果(一部筆者により加筆)

 

なぜ不安を感じている人が増えているのだろうか。UNDPの報告書では、「人間の安全保障」という観点から、これまでの個々人の「保護」や「エンパワーメント」だけではもはや対処できない新たな脅威の影響をその主な理由として論じている。相互に関連しあった地球規模の脅威、すなわち、新型コロナを始めとする健康危機、ウクライナ危機のような紛争や暴力、格差、さらにはデジタル技術の進歩による脅威などが、コミュニティを超えて影響を及ぼしている。こうした新しい「人間の安全保障」に対する脅威に対応するためには、保護とエンパワーメントに加えて、国境を越えた人々やコミュニティの「連帯」が必要になる。そして、UNDPは、保護、エンパワーメント、連帯を結びつける根本的な要素として「信頼」の熟成を挙げている。

これは机上の空論ではない。実際に、筆者らの研究チームも関わった英ランセット誌に掲載された研究が、実証的に「信頼」の重要性を示している[12]。今私たちが直面している最も大きな脅威の一つである新型コロナへの対策において、何が重要であったかを世界177ヶ国における20201月から20219月までの症例・死亡数をアウトカムに解析したものである。人口密度、肥満度、一人当たりGDP、そして、季節性は新型コロナの症例・死亡数と統計的に関係があるが、それらだけでは国レベルでのばらつきを説明できなかった。さらに、パンデミックへの準備度合いに関する指標は、統計的には関係が無かった。驚くべきことに、政府への信頼および対人信頼が高いほど、新型コロナの症例・死亡数が低く、また、新型コロナワクチン接種率も高かったことが示されたのである。

5.自律・分散・協調型システムへの転換

「信頼」をどのように担保するか、ということは保健医療を含めた社会経済システムの成立において、最も重要な基盤である。Webの世界では、今後web3.0への移行が加速度的に進むと考えられている。図5に示すように、web1.0は検索やeコマースの一方通行の世界、そして、今現在の主流はweb2.0であり、AmazonSNSなど双方向の時代である。次のweb 3.0は、AIやブロックチェーンを中心とした自立・分散の時代と言われている。現在の我々がいるweb2.0の世界ではAmazonのようなプラットフォームが信頼を担保しているが、web 3.0では、ユーザー個人が信頼を担保する時代が来つつある。

5

保健医療は伝統的なweb1.0的世界であり、医療提供者の一方的な指示に従う他律的な場面が多い。それに比べてSNSなどのweb2.0を活用している我々は、以前よりも遥かにエンパワーされて、自らの選択を自律的に行うことができるようになったであろうか。その答えは、Yes and Noであろう。ボリス・ジョンソン英首相の威力が発揮されたのはEU離脱の時であるが、その時の彼の右腕だった首相上級顧問ドミニク・カミングスは、データを駆使した本当のスピンドクターであった。

EU離脱を問う国民投票の際、彼は、過去数百万の選挙に来なかった人たちが何に困っているか、どういう不満を持っているかについて、SNSから得られたデータの分析を行った。そして「自分の生活をコントールできないから」という分析結果を国民投票のキャンペーンに活用したのだ。それが報道写真等でも見かける、 “Let's Take Back Control”、つまり、「(欧州移民などに自分達の生活を脅かされずに)自分の生活・人生を取り戻そう」というものだった。web2.0的世界は、個人の発信が可能になった反面、皮肉なことに、双方向はおろか、プラットフォーマーに自分たちのデータを良いように使われ、逆に、彼らに都合の良いようにコントロールされ、人々が分断されてしまうという状態を作り出してしまっている。

社会経済がweb 3.0に向かう時に、保健医療システムにおいて重要なことは、「どのように信頼を担保していくか」、そして、EU離脱のスローガンではないが、「どのように自分で自分の健康をコントロールしていくか」、ということである。VRによる治療やARによる手術など高度なデジタル技術などはなくとも、web 3.0的世界、すなわち、自律・分散型システムは、実はすでに保健医療において現実的になっている。その事例を二つ紹介したい。

一つ目は、デジタルワクチン接種証明書におけるSmart Health CardSHC)の採用である。米国、カナダやシンガポールではSHCを用いて、民主的に相互に信頼を構築する方式(論文のピア・レビューと同様のシステム)を採択している。これは、中国や欧州のように国家が信用を担保するというアプローチとは極めて対照的である。実際に、各個人のスマートフォンに分散してデータを持ち、その内容へのアクセスを本人がコントロールすることは、個人データ保護に関する民主社会の潮流とも合致している。

6

日本の接種証明書もSHC形式で本人によるデータ管理を原則としており、国家や認証機関による承認を必要としない。ともすると中央集権的なシステムを構築しがちな我が国の公的制度において、このような自律・分散的な形式を採用したのは特筆すべきであり、デジタル庁の大きな成果と考える。さらに、ワクチン接種証明書モデルは、個人が自らの健康・医療情報を管理する仕組み(PHR)の良いユースケースともなりうる。長年に渡る共通のデータ基盤を確立するための「電子カルテの標準化」の問題から脱却して、「PHRに基づく自律・分散型の保健医療システム」は技術的に既に可能である。

二つ目は福島県相馬市新型コロナワクチン接種事業である。筆者は相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター長として、福島県相馬市と南相馬市で新型コロナワクチン接種の支援を行なった。両市は日本で一番早く4回目のワクチン接種を終えることができ、第7波による被害も最小で済んでいる。相馬モデルがなぜ成功したかというと、いくつかの要因がある。まず、分散型であること。市民に予約を取っていただくのではなく、結びつきの強い地区ごとに日時を指定し、公平性を高めるためにくじ引きを行った。地区別に行うことで、地区や家庭での副反応を含めた接種体験の共有や自分達の健康を守るという意識が醸成され、自律的にワクチン接種が進んだ。特に、中高生における摂取率の高さは特筆すべきである。さらに、東日本大震災を通して培われた市民・行政・医師会の有機的な連携は、協調体制を確固たるものとした。また、相馬市は、副反応情報を徹底的にweb上で公開し透明性を担保することで、ワクチン接種に対して、さらに信頼を高めることができたと考える。

Web3.0では自律分散型組織(DAO)が注目されている。ニーアル・ファーガソンは、人類の長い歴史の中でヒエラルキー型組織と分散型ネットワークとの緊張関係や相互補完関係は繰り返されてきたとしている[13]。そして、1970年代以降の現代は、15世紀末から18世紀末までの期間に続いて歴史上2度目の分散型ネットワークが優位に立つ時期として論じている。筆者も分散型ネットワークの社会経済・健康医療システムにおける重要性が今後さらに加速していくと考えており、東京財団政策研究所での研究テーマの一つとして、自律・分散・協調型の保健医療システムの研究および政策提言を行っていく予定である。


引用文献

[1] 内閣府. 経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針). https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf
[2] 自由民主党. 大規模感染症流行時の国家ガバナンス見直しワーキンググループ、2020. https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/policy_topics/gyoukaku/20200702_3.pdf
[3] コロナ病床の不足、政府の不作為 - 塩崎恭久・衆院議員に聞く◆Vol.2. https://www.m3.com/news/iryoishin/965929
[4] 厚生労働省. 高齢化率と社会保障の給付規模の国際比較(対GDP比). https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/images/01-01-09-10.gif
[5] 小黒一正. 国民医療費、長期的に減少の可能性も―名目GDP成長率との調和も重要―. 2022年、キャノングローバル戦略研究所. https://cigs.canon/article/20220413_6710.html
[6] World Health Organization. World Health Report 2000: Health System Performance. 2000, Geneva.
[7] Nomura S, et al. Population health and regional variations of disease burden in Japan, 1990–2015: a systematic subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2015. The Lancet 2017; 380: 1521-1538.
[8] 井元清哉.医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究、2016. https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25836
[9] 厚生労働省. 新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会 報告書、 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000161081.pdf
[10] m3. 外来13円、入院112円で無過失補償制度が実現可能. https://www.m3.com/news/iryoishin/482063
[11] United Nations Development Program. New threats to human security in the Anthropocene: Demanding greater solidarity. 2022, New York.
[12] COVID-19 National Preparedness Collaborators. Pandemic preparedness and COVID-19: an exploratory analysis of infection and fatality rates, and contextual factors associated with preparedness in 177 countries, from Jan 1, 2020, to Sept 30, 2021. The Lancet 2022; 399: 1489-1512.
[13] Ferguson N. The Square and the Tower: Networks, Hierarchies and the Struggle for Global Power, 2018.

本研究に関する詳細は、ポスト・コロナ時代における持続可能かつレジリエントな医療・看護・介護システムの構築に関する研究をご覧ください。

※本Reviewの英語版はこちら

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

VIEW MORE

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム