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BEPSポリシーノートから読み解くデジタル課税国際合意の方向性
パスカル・サンタマンOECD租税政策・税務行政センター局長 写真提供 Getty Images

BEPSポリシーノートから読み解くデジタル課税国際合意の方向性

February 12, 2019

 129日、OECDは「国際社会は経済のデジタル化がもたらす課税問題の解決に向けて大きく前進している」という宣言を出した。12324に開催された、127もの国が対等の立場で参加する「BEPS包摂的枠組み」における議論と、参加国が全会一致したポリシーノート(以下「ノート」)について紹介するものだ。ノートは、国際課税原則についての新しい合意を示したものではないが、これまでの濃密な議論で各国から提出された意見から絞り込まれた具体案や検討の方向性について示している。会見でOECDのサンタマン局長は、これは国際課税にとって「大きな一里塚だ」と胸を張った。筆者も同感だ。

 本稿では、現代の難問といわれるデジタル経済における課税問題への対応を巡り、世界のGDP95%をカバーする国々が「BEPS包摂的枠組み」で合意した検討の方向性について考えてみることとする。

なぜ「今」なのか

 第一にデジタル課税(法人税)は、BEPSプロジェクトの大きな宿題であることがある。

  BEPSプロジェクトは、グローバル企業の租税回避に対処するために2013年にOECDG20が立ち上げたプロジェクトだ。デジタル経済の課税問題を含め、中国などOECD非加盟国も意思決定に参加して検討が行われたこと、政治的にもハイレベルの支持があることなどが特徴で、2015年に取りまとめられた「BEPS最終報告書」が示した “BEEPパッケージ(勧告)を各国が実施に移す段階に入っている。

 デジタル経済の課税問題は、15あるBEPS行動計画(検討項目)の1番目に掲げられた重要テーマである。しかし、BEPS最終報告書では、消費税については国境を越えたオンラインコンテンツの配信等への課税方法等について合意し、勧告がなされたが(わが国を含め多くの国で実施済)、法人税を巡っては各国の思惑の違いから国際合意に達することはできなかった。しかし、租税条約やWTO等に反しない限り、各国が国内法で独自の措置をとることは容認し、「解決案」についての国際合意は2020年に持ち越すこととした。

図表 デジタル経済の発展への課税上の対応を巡る動き​​​​​

OECD(BEPS行動1) 各国の動き(主なもの)
2015 10 BEPS最終報告書(法人税は結論持越し)
2018 1 米国でBEAT, GILTI適用開始
3 BEPS中間報告書 EUがデジタル売上税等を提案
10 英国がデジタル売上税導入を宣言(20年4月より)
12 仏がデジタル売上税導入を宣言(19年1月より)
2019 1 「包摂的枠組」で検討の方向性に合意
2 パブコメ用資料公表 EUの議論(ECOFIN)
3 パブリックコンサルテーション
4 インドが「重要な経済的存在」Nexusによる課税開始
英国が「新型IP税」適用開始
5 包摂的枠組み会合 欧州議会選挙
6 G20蔵相会議(福岡)進捗報告
2020 解決案報告

(出所)各種資料から筆者作成

 第二に、国際的合意に向けた議論が遅々として進まないことに業をにやした英、仏、EUなどの有力国が「独自の措置」の導入に動いたことがある。

  現在の国際課税原則(租税条約)の下では、外国企業に課税するためには国内に支店(「恒久的施設」あるいは“Nexus”)や子会社等など物理的な施設があることが前提とされている。しかし、従来の産業の多国籍企業の8割が市場国に物理的施設を持つのに対し、デジタル多国籍企業は5割しか物理的施設を保有しない(EUによる)。そこで、課税の出発点となる「Nexus」について、デジタル時代に合うよう国際課税原則を変える必要がある。

 独自の措置として必ずしも租税条約に縛られない「デジタル売上税」(間接税)の導入を決めた英国やフランスの行動は、自国に多数のユーザーやコンシューマーがいるにも関わらず、FBGoogle、アマゾンをはじめとする巨大プラットフォーマーに課税することができない現状と、各国の思惑の違いから遅々として進まない国際課税ルール変更への議論に対する異議申し立てだ。

 こうした中、国際的な議論の進展がないと、独自の措置を導入する国が増えていくことを許すことになる。サンタマンOECD局長が言うように「その種は2015年の最終報告書で撒かれている」のだ。OECDとしても、こうした動きが拡大する前に議論をかみ合わせ、検討を前に進め、日本が議長を務める今年6月のG20につなげることが必要だった。

「ポリシーノート」の中身

 「BEPS包摂的枠組み」は、いわば世界の税当局は一家、みんなで租税回避を打倒しようとでもいうべき取組みだ。127もの参加国すべてが対等に議論に加わる一方、BEPS勧告の実施にコミットしている。今回のポリシーノートが包摂的枠組みで合意されたことは、デジタル経済がグローバルな広がりを持つものであることから、特に大きな意味を持つ。

  OECDそして「BEPS包摂的枠組み」が目指しているのは、端的に言えば次の2つを達成することにある。

  第一は、プラットフォームのユーザーやコンシューマーのいる国、あるいはマーケット(市場)のある国により多くの課税権を配分することができるように国際課税ルールを変更することである。これが検討の「第一の柱」であり、3つのオプションが提案されている。

 第二は、タックスヘイブンに移した利益に対するミニマム税である。そのため、利益が相手国で課税されていない場合課税すること(”tax back”)を可能にする国際課税ルールを導入する。これは、「第2の柱」であり、2つの要素からなる1つのオプションが提案されている。 

第一の柱(市場国・ユーザ国への課税権の付与)

 まず、第一の柱に分類された3つの案についてみていく。

 案1は、プラットフォーマーやオンライン広告など、高度にデジタル化した事業に限定し、アクティブなコントリビューションをしているユーザー所在知国に課税権を認めるものである。これは英国案と伝えられる。「ノート」はアクティブ・ユーザー・コントリビューションを何により測るのかについて具体的な言及はないが(ただし文末注1参照)、BEPS最終報告書ではデータ量やクリックやオンラインの契約の数等があげられていた。ユーザーの所在地の判定方法については、EUはスマホ等使用するインターフェイスのIPアドレスや、英国はユーザーの住所等により判断することとしていることがヒントになろう。

 案2は、企業グループの利益を市場国とそれ以外に分けるとき、「マーケッティング・インタンジブル」に着目することでより多くの利益が市場国に帰属するように移転価格の「利益分割ルール」を変えるものである。これは、高度にデジタル化した事業にかぎらず、より広い事業に関係する。これは米国案と伝えられる。「ノート」はマーケッティング・インタンジブルの具体的な定義に言及していないが(ただし文末注2参照)、米国の経験(IRC§197)を参考にすれば、商標権やビジネスライセンス等の法的保護の対象なるもの(本来の無形資産)以外の、長年継続した実績、マーケットに精通した従業員チームの存在、顧客リスト、顧客との良好な関係性、代理店との良好な関係性などが幅広く含まれる。

 案3は、「重要な経済的存在」(SEP: Significant Economic Presence)という新しいコンセプトに基づいて課税権の出発点となる“Nexus”を認定するアプローチである。これは、BEPS最終報告書で論じられていた案だ。報告書では、Nexusをとらえる要素として、収入の存在、現地のドメイン名や現地通貨決済等のデジタル要素の存在、ユーザー数、契約数、ユーザーから得たデータの量等のユーザー要素があげられている(文末注3参照)。

 インドは2019年4月から条約のない相手国の企業に対してユーザー数と売上高を指標とするSEPによる課税を開始する予定だ。利益の分割といった複雑な制度の執行は困難を伴うと感じる開発途上国、他の2案より簡素なアプローチが必要だと主張する国々の支持を集めているようだ。

市場国・ユーザー国での課税は可能になるか? 各案を採点する

 市場国・ユーザー国により多くの課税権を配分するというOECDBEPS包摂的枠組みが合意した目標を達成するにあたり、案1~案3それぞれの実効性はどのようなものであろうか。

  グローバル企業は、商標権やビジネスライセンスをタックスヘイブンに移すことで市場からの売上げをそこに計上したり、市場国からタックスヘイブンへの高額の支払いを計上したりするなど、市場国の利益を“飛ばす”いくつかの定番のツールやスキームを用いている。こうしたスキームに対してどの程度“強靭“と言えるだろうか。以下検討してみる。

  まず、アクティブ・ユーザー・コントリビューションだが、これはユーザーの住所やスマホのIPアドレス等でユーザーの地理的な所在を直接とらえているので、理論的に他の国に“飛ばす”ことはできないだろう。同様に、「重要な経済的存在」(SEP)も、いくつかの論理的に他に移転しにくい要素で判定している。アクティブ・コントリビューションを課税上どのように評価するか、SEPへの帰属所得の計算をどのようにするかという技術的な問題を解決する必要があるが、市場国の利益を飛ばすスキームに対しては比較的強靭であると言えよう。

  次に、マーケッティング・インタンジブルに着目した利益分割だ。マーケティング・インタンジブルは「顧客との関係性」や「マーケットに精通した職員チーム」など、地理的にマーケット所在地国から切り離すことが困難だ。この点では地理的に“飛ばす”ことはできない。しかし、マーケティング・インタンジブルを作り上げる費用をタックスヘイブンのグループ企業に負担させておき、それを根拠とした支払いで事実上利益を市場国からタックスヘイブン等に吸い上げることは可能で、この点は弱点になりうる。しかし、それは克服できないものではない。「第二の柱」の「税源浸食的支払の否認」オプションを併用することでつぶすことができる。

  なお、どの案によった場合も、市場国・ユーザ―国に帰属する所得計算の方法は重要である。現在確立した国際課税原則では、市場に見出すことのできる類似の取引を参照して決める「独立企業原則」によることとなっているが、デジタル経済をはじめとし、高価値で評価困難な無形資産が重要な意味をもっている場合、独立企業原則では市場国への所得の帰属の認定は容易ではない。

  「ノート」は、高価値無形資産等が介在することによるnon-routine income(当事者の特別な貢献がある所得)については、独立企業原則を超えた検討をすることを明言している。これは、国際課税の関係者にとっては驚くべき重要な点であり、答えをだすことは容易でないかもしれないが、実務上の困難やコンプライアンスコストを踏まえれば、歓迎すべき方向性であると思う。

第二の柱(タックスヘイブン・ミニマムタックス)

 第二の柱の目的・効果は、荒っぽく言えば「タックスヘイブン潰し」だ(厳密にいえば「タックスヘイブンを利用した租税回避潰し」)。

これは、独・仏の提案と伝えられる。企業グループが租税回避で低税率のタックスヘイブンに移転した利益に関係する各国がミニマム税を課す(“tax back”)ことにより、税収確保はもちろん、租税回避におけるタックスヘイブンの存在意義をなくしてしまうことになる。

 従前、国際課税原則においては成長のための二重課税排除という点に力点が起これていたが、今日のBEPSの文脈ではいわゆる二重非課税への対応が大きな柱となっている。第二の柱はこのことを象徴的に示している。

 この提案は次の2つの組み合わされたルールから構成されている。 

 「所得合算ルール」これは、低税率のタックスヘイブン子会社に飛ばした無形資産(定義は幅広い)の利益について、グループ法人の親会社所在国で合算し、ミニマムタックスを課す内容だ。

  「税源浸食的支払の損金算入否認ルール」これは、市場国(源泉地国)から低税率のタックスヘイブンのグループ会社への支払の損金算入の否認(あるいは源泉徴収課税すること)等を認める内容だ。

米国のGILTIBEATそして英国の新型IP

 これらのルールには、それぞれ実例がある。「所得合算ルール」の例は、米国が2017年の税制改正で導入し、20181月開始事業年度から適用している「GILTI」だ。これは、タックスヘイブンのグループ子会社の所得に対して、米国株主側でミニマムタックス(10.5%)を課すものである。

  「税源浸食的支払の損金算入否認ルール」の例は、米国の「BEAT」だ。5億ドル以上の収入があり、税源浸食割合が3%以上(損金算入額の総額に占める、国外グループ法人への利子、使用料、役務提供の対価、再保険料などの割合)の場合、かかる支払の一定割合のミニマムタックス(ごく大まかに言うと10%)を課す内容である。(平成31年度税制改正で強化されるわが国の「過大支払利子税制」も同様の効果を持っている)。

  サンタマン局長は言及していないが、筆者は英国の新型IP税(拙稿「デジタル課税とタックスヘイブン・ミニマムタックスの登場」参照)も”tax back"の類型に分類できる税制であると考える。

  この、タックスヘイブンミニマムタックスは、タックスヘイブンを利用した租税回避への対抗のみならずその防止を図る上で極めてパワフルであろう。なんといっても、(理想主義的に聞こえるかもしれないが)完全に執行されれば、地球上から法人税の課税上「タックスヘイブン」が事実上消滅することになる。OECDは、多国籍企業グループの租税回避(BEPS)問題により法人税収の410%が毎年失われており、2400億ドル(2013年)に達すると見積もっているが、この税収を取り返すことができる。一方で、国際合意に基づくことで、二重課税の排除や各国制度の調和を担保することもできる。

  租税政策に与える影響も図り知れない。企業はわざわざタックスヘイブンを利用したスキームを仕組むインセンティブを失うことになり、各国は低税率国との競争で法人税を適切な水準を越えて引き下げることは不要になる。少なくともタックスヘイブンを意識した税の引き下げ競争は過去のものとなる。

日本はどう対応すべきか

 国際社会で各国は対等だ。特に課税権は各国の主権そのものであるとされ、EUでも税(直接税)については全会一致が必要だ。しかし、国際課税の場合、一国主義では二重課税や予測可能性等の問題を生み、問題は解決しない。

 この観点からは、今後の検討の方向を示した今回のポリシーノートが、127もの国が参加する「BEPS包摂的枠組み」から出されたことは大きな意味を持つ。そして、今後生まれる(と期待したい)国際合意は、必要があれば租税条約の改正や国内法の変更の勧告を伴う実効性のあるものとなるはずだ。

  合意を欠いた国際課税は、各国税務当局・企業すべてに不利益をもたらす。ここにきてOECD等国際社会が議論の加速を強調している眼目は、早期に国際的な合意を達成することで、英・仏のデジタル税(売上税)など各国バラバラの動きを封じ込めることにあるだろう。そのためには、OECDが元々設定した期限である2020年を待つのでは遅い。

  BEPSプロジェクトに当初から深くコミットし、「BEPS包摂的枠組み」の第一回会合を京都でホストした日本が議長国を務める今年のG20蔵相・中央銀行総裁会議(福岡)は国際合意に向けた具体的な道筋を示す絶好の機会だ。日本は国際的な期待に応えるべきだし、それに必要な十分な経験と能力がある。日本の貢献によって、国際社会は大きな利益を得ることができる。そして、そのお膳立ては整いつつある。

  今日データ利用はデジタル企業に限らず自動運転の自動車産業等にも及んでいることから、デジタル課税の議論がこうした産業にも及ぶのではないかということについての懸念も言われてきた。しかし、筆者は、今回の「ノート」に示された選択肢は、課税の根拠として「プラットフォーマーやネット広告事業者」、「アクティブ・ユーザーコントリビューション」や「マーケティング・インタンジブル」に着目するものであり、その限りにおいては、国際合意に向けた議論はデータ一般(IoTや自動運転のデータなど)にまで広がる可能性が制限される流れで進んでいるとみている。いずれにせよ、このことも今後の議論において大きなポイントの一つになるのではないかと思う。

  高価値無形資産が介在する場合、独立企業原則に基づく移転価格税制の執行において我が国も必ずしも成功しているとは言えない。31年税制改正案では、無形資産の価値が当初契約時点より20%以上”大化け”したような場合に事後的にその価値を評価し直して課税できる制度や、収入予想により評価する制度が盛り込まれたが、執行の現場でどこまで効果があるのかは未知数だ。わが国の移転価格課税の経験(特に失敗例)を、高価値無形資産に対応する上で独立企業原則そのものも見直すこととしたOECDの検討に生かしていくべきだろう。

※2月13日コンサルテーションペーパーによる補足(214日に追加)

 

以下は、213日水曜日夜(日本時間)にOECDから出されたコンサルテーションペーパー(Public Consultation Document Addressing the Tax Challenges of the Digitalisation of the Economy)の記述に基づく補足です。

 

(注1)案1(アクティブ・ユーザー・コントリビューション)に関し、コンサルペーパーは、プラットフォームのユーザーの活動により生み出された価値は、量的又は質的な情報又は事前に決めた一定のパーセントで測るとしている(パラ24 2項)。また、場合によりユーザーの価値を推測する定式(formulas)によることもありうる(パラ27)としている。

 

(注2)案2(マーケティングインタンジブル)に関し、コンサルペーパーは、プラットフォーマーの場合、マーケッティングインタンジブルにはサーチエンジンやe-mail等を無料で提供することが含まれると説明している(パラ40)。また、その価値の測定にはマーケティングインタンジブルにかかったコストを基にした計算や一定率を加算する方法が考えられるとしている(パラ47)。

 

(注3)案3(重要な経済的存在)に関し、コンサルペーパーは、企業グループの全世界ベースの利益率を、重要な経済益存在のある国の売上等にあてはめることでその国で課税される所得を計算するとしている(パラ52-53)。

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