医薬品産業の底上げと財政の持続可能性をどう両立させるか  ― 薬価制度改革(提言)を事例に ―

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医薬品産業の底上げと財政の持続可能性をどう両立させるか ― 薬価制度改革(提言)を事例に ―

R-2022-007

新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、ワクチンや治療薬など医薬品開発の重要性を改めて認識させた。医薬品はあらゆる事態に対して国民の健康・生命を危機から守るという重要な存在意義があるが、医薬品産業分野においては特に度重なる薬価制度の変更など透明性を欠く部分もある。近年、医療の高度化により、イノベーティブな医薬品が開発されてきた。これは国民への医療ニーズに応えるものであるが、しばしば高額な薬価を伴い、特に薬剤費の瞬間的な増加、財政的なインパクトが懸念されている。

特に、人口減少や少子高齢化が進む日本においては政府債務が累増しており、財政健全化の観点から、2010年代以降、医療などの社会保障関係費の伸びに対する新たな財政的な抑制措置がとられてきた。

その一つの象徴が「骨太方針」(正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」)と思われる。骨太方針2018では、財政健全化目標として、2025年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支(PB)の黒字化を掲げており、この実現のため、社会保障関係費の実質的な増加を高齢化による増加分に相当する伸びに抑制する方針を定めて、伸び抑制の努力を毎年度の予算編成で行っている。

この社会保障関係費の伸び抑制に最も頻繁に利用されているのが「薬価の改定」である。例えば、2022年度の当初予算(国の一般会計)では、社会保障関係費の伸びを、その自然増6100億円(年金スライド分を含む)から高齢化による増加分3900億円の範囲内に留めるため、2200億円の制度改革や効率化などを実施している。この2200億円のうち、最も効果が大きいのが「薬価等改定等」の1600億円である。

この結果として、2020年度の医薬品市場全体の規模は約10.3兆円だが、日本の医薬品市場全体の伸びは急速に鈍化し、状況により縮小し始めている。実際、2010年度から2015年度における市場全体の伸びは3.7%であったが、2015年度から2020年度の医薬品市場ではマイナス0.9%の伸びになっている。しかも深刻なのは、約10兆円の薬剤費(医薬品市場全体)のうち約5割を占める特許品(イノベーティブな医薬品に相当)の市場も、2015年度から2020年度ではマイナス0.1%の伸びに陥っている。

では、このような状況が発生する理由は何か。その理由は、医薬品の基礎的な需要増に伴う自律成長があっても、それを上回る形で薬価改定(=薬価引き下げ)が行われるためである。例えば、2019年度の薬剤費は約10.6兆円で自律成長により0.2兆円増加したが、薬価改定でマイナス0.5兆円分の影響があり、2020年度の薬剤費は約10.3兆円となっている。しかも、従来の薬価改定は2年に1度というルールであったが、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」(20161220日決定)に基づき、2021年度から毎年改定となった。このため、医薬品市場の統計情報などを提供するIQVIAジャパンの予測によると、2020年度から2026年度までの医薬品市場全体の成長率はマイナス0.8%から0.2%の成長しか見込めないという推計も出てきている。

今後も、我が国で世界に先駆けて優先的かつ継続的にイノベ―ティブな医薬品が提供されるためには、日本市場が安定かつ魅力的であることが必要である。それは日本の患者を中心に国民にとって大きな恩恵を与えることになる。

このような問題意識の下、筆者らは、日本の医療においてイノベティブな医薬品が今後も継続して提供できる環境を確保するため、有識者らの協力を得て新薬イノベーション研究会を立ち上げ、新たな薬価制度の枠組みを提言した。この提言は、東京財団の共同論考「緊急提言:そろそろポスト・コロナの財政、税制、社会保障の議論を」(第2回)で筆者が提案した改革案とも関係するもので、提言の一部は財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会(2022413日開催)でも取り上げられている。そこで、以下では、新たな薬価制度に関する筆者らの提言の概要を説明したい。

まず、制度改革の提言は、薬価制度を産業政策と財政政策(保険財政)の「紐帯」と位置づけ、ミクロ的アプローチとマクロ的アプローチの2本柱から構成されている。このうち、ミクロ的アプローチは、イノベーションの価値を評価する薬価制度や、イノベーティブ新薬への重点的な財源配分を目指すものである。また、マクロ的アプローチは、マクロ経済成長との調和や、財政との整合性の確保を目指すものである。

ではミクロ的アプローチでは、具体的にどのような制度改革を提言しているのか。筆者らの提言では、イノベーティブ新薬の価値を評価する薬価制度にするため、薬価収載と薬価改定において2つの改革を提言している。第1は薬価収載時において、「新薬のイノベーションの価値を適切に反映する薬価算定方式の導入」であり、第2は薬価改定時における「市場拡大再算定の適用除外(廃止)」である。以下、順番に説明しよう。

まず、「新薬のイノベーションの価値を適切に反映する薬価算定方式の導入」である。この方式の重要性を理解するためには、薬価収載時において現在、日本のみで採用されている「原価計算方式」の問題点を把握する必要がある。原価計算方式とは、薬価算定単位当たりの製造原価に、販売費および一般管理費、営業利益、流通経費などを加えた額を薬価とする方式であり、製品ごとの正確な費用算出が技術的に困難であるという問題が指摘されている。

例えば、営業利益率だ。製薬メーカーに限らず、どの企業も利益を上げなければ組織を維持して新たな投資を行うことはできない。このため、現行の原価計算方式では、定められた基準に基づき、薬価算定の原価に一定率を営業利益として組み込むことを認めている。しかしながら、製薬メーカーの立場では、1つの製品が上市するまでに十数年もかかり、その裏側で大量の失敗があるといった現状を考慮すると、日本独自の原価計算方式による薬価算定は開発リスクに見合っていないという主張も根強い。

このため、筆者らの提言では、コストの積み上げではなく薬剤価値に基づく薬価算定方式の導入として、科学的・客観的に妥当な類似薬が存在しない場合、既存治療との価値比較に基づき薬価を算定することを提案している。具体的には、価値ベースの薬価算定を実施している諸外国の算定方式や、外国価格を参照し薬価の上限値を設定しながら、製薬メーカーは妥当性の高い方法で薬剤価値を立証できるデータを提出して薬価算定を受けることなどを提案している。

ミクロ的アプローチにおける、もう一つの制度改革提言は、薬価改定時における「市場拡大再算定の適用除外(廃止)」である。市場拡大再算定とは、保険収載の医薬品の年間販売額が予想年間販売額の一定倍数を超えた場合等では、薬価改定時に薬価を引き下げるものをいう。イノベーションに資する医薬品等の開発を促進するためには、上市後(承認された製品の市場販売開始後)の一定期間、革新的な製品の市場規模を安定的に維持できるか否かが重要となる。特に、売上がピークに到達するのは、特許が切れる前、残存期間の約半分の5―6年が多いため、その期間の市場規模の安定性が重要となるが、開発コストの回収段階で、大型化したイノベーティブ新薬に対して市場拡大再算定やその特例が発動されるケースも多く、薬剤価値を毀損しているとの意見も多い。

このため、筆者らの提言では、売上規模のみに基づく市場拡大再算定(特例拡大再算定を含む)は適用除外(廃止)することを提案している。もっとも、売上規模のみに基づく市場拡大再算定(特例拡大再算定を含む)を適用除外(廃止)し、また、コストの積み上げの「原価計算方式」に代わって薬剤価値に基づく新たな薬価算定方式を導入すれば、薬剤費の総額が想定よりも拡大する可能性もある。この対応策として、筆者らの提言では、もう一つの制度改革の柱である「マクロ的アプローチ」として、「薬剤費マクロ経済スライド」を導入し、それを通じて特定製品を対象とした市場拡大再算定ではなく、成熟製品群を中心に広く薄く薬剤費を調整する仕組みを提案している。

では、「薬剤費マクロ経済スライド」とは、具体的にどのような仕組みか。以下、順番に説明していこう。まず、内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(20221月版)では、低成長ケースのベースラインケースでも、2030年度頃まで1%程度の名目GDP成長率があることを予測しており、筆者らの提言では、薬剤費の総額を中長期的な潜在GDP成長率に沿って伸ばすことを提言している。これにより、中長期的な薬剤費(対GDP)は安定化し、日本の医薬品市場の魅力を高めることができる。

もっとも、現下の厳しい財政事情のなか、薬剤費総額が中長期的な潜在GDP成長率以上に伸びる場合は、様々な問題が発生する。中長期的に名目GDP1%伸びれば、税収や社会保険料収入も1%伸びる。このため、薬剤費総額が中長期的な潜在GDP成長率に沿って伸びるならば追加的な負担の問題は発生しないが、潜在GDP成長率以上に伸びる場合は事情が異なる。その際の最も大きな問題は「医療保険財政の持続可能性」を低下させることだが、増税や社会保険料収入の引き上げにも限界があり、公的医療保険の保険者に及ぼす影響のほか、現役世代や将来世代の負担などにも配慮する必要がある。

では、政府は今後の薬剤費(対GDP)の推移をどう予測しているのか。一つの参考となるのは、政府が2018年に公表した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省、2018521日)であろう。2018年度における医療給付は概ね39.2兆円(うち薬剤費は約10兆円)だが、この予測によると、低成長のベースラインケースにおいて、2018年度で7%であった医療給付費(対GDP)は2040年度に8.9%に膨らむ。

2018年度から2040年度までの約20年間で、医療給付費(対GDP)は1.9%ポイント増加するという推計だ。2000年度以降、医療費に占める薬剤費の割合は一定の幅(20.2%~22.6%)があるが、概ね22%であると仮定すると、2018年度から2040年度までの約20年間で、薬剤費(対GDP)は0.42%ポイント(=1.9%ポイント×0.22)膨らむ。これは、年間平均で薬剤費(対GDP)が0.021%ポイント(=0.42%ポイント÷約20年)増加し、薬剤費の伸びは「名目GDP成長率(Z%)+0.021%」であることを意味する。

このため、薬剤費マクロ経済スライドの導入により、薬剤費を潜在的なGDP成長率に沿って伸ばしながら、画期的な大型新薬の登場によって薬剤費成長率が名目GDP成長率の水準を上回った場合は、薬価改定によってGDP成長率の範囲内に薬剤費を調整する。

具体的には、次のような方法により、GDP成長率の上限内に薬剤費の伸びを調整する。まず、合意された薬剤費成長率(Z%)に基づき、当年度の総薬剤費規模を設定する。次に、薬剤費を「イノベーティブ新薬群(①)」「成熟製品群(②)」「基礎的医薬品(③)」の3つのグループに分類し、薬剤費の伸びが合意された薬剤費成長率(Z%)を上回った場合は、薬剤費マクロ経済スライドを発動し、②(成熟製品群)の薬価を調整して、合意された薬剤費総額に合わせる形で調整する。すなわち、薬剤費マクロ経済スライドは「成熟製品群」のみに発動し、①③には発動しない。

もう少し具体的に説明すると、薬剤費マクロ経済スライドとは別に、毎年の薬価改定は①②③の医薬品すべてに対して行い、まず「改定後薬価=市場実勢価+改定前薬価×調整幅」とする。その上で、薬剤費マクロ経済スライドを発動する場合、②(成熟製品群)の調整幅(現行2%)を更に刈り込み、合意総薬剤費額に合わせたスライド調整率を設定する。

つまり、合意された薬剤費総額におさまるよう、成熟製品群の調整幅2%を例えば1.7%というようにスライド調整して刈り込む。これは、成熟製品群に対し、市場実勢価に調整幅(現行2%)を上乗せする現行の改定方式を発展させ、「調整後薬価=市場実勢価+改定前薬価×スライド調整率」として、成長上限に見合った新たな調整方式を導入することを意味する。なお、総薬剤費が上限成長率以下の場合、薬剤費マクロ経済スライドによる調整は実施せず、上限成長率で薬剤費総額を伸ばす。

以上が薬価制度改革に関する筆者らの提言の概要であるが、この提言が完全とは思っておらず、制度改革に向けた議論の「たたき台」と考えている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ワクチンや治療薬の開発に関する重要性が改めて認識された今、日本においてイノベ―ティブな医薬品が今後も継続して提供できる環境を確保するため、医薬品産業の振興と持続可能な医療保険財政の両立を可能とする制度改革の議論を深めることが期待される。

参考資料

新世代戦略研究所(2021)「財政の持続可能性と整合的な新たな薬価制度改革案

小黒 一正

  • 法政大学経済学部教授