R-2024-032
1.シン・財源4兄弟と財政規律 2.防衛財源について 3.少子化対策 4.GX(グリーントランスフォーメーション、環境) 5.新たに浮上した年金の財源問題 6.総裁選は正直な政策議論を期待 |
1.シン・財源4兄弟と財政規律
9月27日の自民党総裁選に向けて候補者が出そろいつつある。そこでは、裏金問題や派閥といったことが話題になるようだが、国民の最大の関心事は、物価や賃金の動向や、年金など社会保障の方だ。
ここで取り上げるのは、岸田政権の下で先延ばしになっている「財源3兄弟」の決着をどうつけるのかという問題だ。岸田政権の下では、「増税メガネ」というSNSでのレッテルを恐れて先延ばしにされた課題で、「受益」と「負担」の問題でもある。
新たに浮上した財源問題は、「年金」問題だ。年金財政検証で、基礎年金の充実の必要性が明らかになった。
そこでこれらを「シン・財源4兄弟」と名付けて以下議論してみたい。これらは、わが国の財政規律をどう考えるか、という問題でもある。
シン・財源4兄弟
項目 |
現状 |
防衛費 |
2023年〜27年度の防衛費43兆円のうち追加財源は14.6兆円。税外収入、決算剰余金、歳出改革に加え1兆円強を所得税・法人税・たばこ税の増税で賄う。その内容や増税時期は決まっていない。 |
少子化対策 | 2028年度までに3.6兆円(歳出改革で1.1兆円、支援金の創設で1兆円、規定予算の活用で1.5兆円)の安定財源が必要。支援金は法制化されたが歳出改革にはほとんど手がついていない。 |
GX(環境) |
10年間20兆円規模のGX経済移行債を発行するが、償還財源である炭素の賦課金と排出権取引制度はいまだ法制化されていない。つなぎ国債による歳出が先行。 |
年金 |
財政検証の結果、所得代替率は50.4%と低下(2024年度は61.2%)。基礎年金の57年度実質年金額はマイナス20.1%で、放置すると国民の貧困化が進む。基礎年金の半分は国費なので充実には2050年度に1.8兆円の財源が必要。 |
出所:筆者作成
2.防衛財源について
防衛力強化については2022年末に、2023〜27年度の防衛費を43兆円と定め、必要な追加財源を14.6兆円と見込んだ。その上で、①税外収入で4.6兆〜5兆円強②決算剰余金で3.5兆円程度③歳出改革で3兆円強④残り1兆円を所得や法人、たばこ税の引き上げで賄う(以下、防衛増税)こととした。
2023年末の自由民主党税制調査会では、開始時期を決めることができず、とりあえず2025年の増税は見送られた。
ところが、2023年度税収が4年連続で過去最高を更新したことから、2026年以降の防衛増税の先送りを求める意見が自民党で浮上している。しかし、防衛費財源の一つである決算剰余金は2023年度に8517億円にとどまった。決算剰余金の半分は国債の償還に回す決まりなので、防衛費財源に充てられるのは4000億円程度となる。年間平均として必要とする7000億円(上記②の3.5兆円を5年間で割った金額)を下回っている。
さらに問題なのは、2028年度以降の防衛強化財源は全く白紙であるということだ。長期にわたり恒久財源を必要とする防衛費を赤字国債発行に頼るのでは、防衛の士気にも影響し、国力の脆弱化につながる可能性がある。筆者は、国を守るということを自分事として考えるためにも、必要最小限の負担(増税)はやむを得ないと考えている。
3.少子化対策
少子化対策については、2028年度までに3.6兆円の公費の確保が必要で、その内訳は①既定予算の活用で1.5兆円②歳出改革で1.1兆円③健康保険など公的な医療保険料と合わせて徴収する「支援金制度」の創設で1兆円とされている。支援金制度については法制化され、2026年度から段階的に運用が始まる。新たな特別会計(『こども金庫』)が創設され、こども・子育て政策の全体像と費用負担の見える化が進められる。
問題は、1.1兆円の財源を見込む歳出改革は緒に就いたばかり、ということだ。現下の「歳出改革」は、単に無駄な歳出を取りやめるといった単純なものではない。昨年暮れに決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」では、医療・介護制度等の改革について「能力に応じた全世代の支え合い」が掲げられ、「医療・介護保険の保険料算出の基準になる所得に金融資産からの所得(金融所得)の勘案」と、「医療・介護保険における金融資産等の保有状況の反映」の2点について2027年度までに結論を出すとしている。この改革は正しい方向なのだが、新たな負担増には抵抗が予想される。
4.GX(グリーントランスフォーメーション、環境)
カーボンニュートラルの国際公約の達成を目指してGX実現に向けた基本方針が閣議決定され、今後10年間で官民あわせて150兆円の投資、うち政府分が20兆円とされた。政府分は民間投資の先行投資支援という位置付けで、20兆円のつなぎ国債である「GX経済移行債」による資金調達が開始され、すでに一部投資が行われている。
つなぎ国債の償還は、炭素に対する「賦課金」と、電力会社に有償でCO2の排出枠を買い取らせる「排出量取引」(いずれもカーボンプライシング)で行われることが法制化されているが、2028 年度から導入される予定の「化石燃料賦課金」徴収方法等の具体的な設計やその法制化はこれからである。
5.新たに浮上した年金の財源問題
7月に5年に一度の公的年金の財政検証の結果が示され、基礎年金の問題が明らかになった。
就業する人の数や賃金上昇のペースが鈍いと想定した「過去30年投影ケース」では、所得代替率(現役男性の平均手取り賃金に対する比率)が50.4%と50%は維持するものの、現在より2割ほど減少する。基礎年金だけを取り上げると、3割近く減少し、物価上昇率で割り戻した実質年金額は20.1%の低下となっている。基礎年金だけを受給する自営業者や多くの非正規雇用者の生活の貧困化が進むことが懸念される。
対策として、基礎年金の拠出期間の40年から45年への延長案が示されたが、政治への配慮から来年の改正から見送られた。
最大の問題は、基礎年金の半分は国費で賄われているので、その充実には財源が必要ということである。この金額について、財政検証では、基礎年金充実のためにマクロ経済スライドの調整期間を報酬比例部分と一致させた場合(過去30年投影ケース)では、2050年度に1.8兆円の国費が必要と試算されている。
すこし先の話と思われるかもしれない。しかしこれまでの議論を見ると、そうとは言えない。小泉内閣時代に基礎年金の財源充実が問題になり、持続可能な年金制度の構築に向けた2004年の年金改革が行われ、基礎年金の国庫負担割合が3分の1から2分の1に引き上げられた。一方、その財源である消費税が、3党合意による税・社会保障一体改革を経て8%に引き上げられたのは2014年で、その間10年を要している。議論は早すぎることはない。
財源3兄弟と呼ばれてきた防衛、少子化、GXのそれぞれについて、きちんと財源を求める姿は、米国のペイアズユーゴー原則をわが国に事実上導入するものと評価できる。このことについては、第118回で述べたところである。
以上の財源問題をきちんと片づけることは、わが国に財政規律を取り戻すことになる。
6.総裁選は正直な政策議論を期待
日本経済は2%の物価目標を超える状況を2年近く継続しているものの、デフレを完全に脱却できていない。賃金上昇が物価上昇においついたのはつい先月で、賃上げが来年以降も継続する確証はない。国民のマインドは変わりつつあるものの、「失われた30年」からくるノルムは色濃く残っている。
筆者は、その最大の要因は、年金や医療・介護に関する将来不安にあると考えている。その不安を軽減・払拭することが、将来不安の解消につながり消費者の財布のひもを緩める最大の経済対策、デフレ脱却策と考える。
財源については、半導体への支援の問題もある。また税制には、格差を拡大している金融所得などの課税をどうすべきかなどの問題もある。一部の候補者は、「金融所得課税の強化は貯蓄から投資への流れを損なう」と発言しているが、今年から始まったNISAの拡充で年間360万円(積立投資枠120万円、成長投資枠240万円)の投資からの運用収益(金融所得)が非課税となっており、一般の投資家への対応は十分なされている。超富裕層の金融・資本所得の税負担を増加させても、貯蓄から投資への流れが滞るとは思えない。なお超富裕層への課税の具体案については第120回を参照していただきたい。
自民党総裁候補者は、正直に国民が安心でき活力のある将来像を国民に媚びることなく語り合ってほしい。