デジタル・セーフティネットの現在地―国税DX、記入済み申告、プッシュ型給付――連載コラム「税の交差点」第101回 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

デジタル・セーフティネットの現在地―国税DX、記入済み申告、プッシュ型給付――連載コラム「税の交差点」第101回
画像提供:Getty Images

デジタル・セーフティネットの現在地―国税DX、記入済み申告、プッシュ型給付――連載コラム「税の交差点」第101回

September 28, 2022

R-2022-050

デジタルを活用して社会保障制度や税制をより効果的で効率的な制度にし、わが国の経済成長につなげていこうという考え方から、筆者はデジタル・セーフティネットというコンセプトの下でさまざまな提言をしてきた。

 第83回「デジタル・セーフティネット―「迅速」で「公平」な給付のためのインフラとは-」
 第92回「「新しい資本主義」とブレア「第3の道」 求職者支援制度の抜本改革と勤労税額控除の導入で人的資本の向上を」

そのためには、マイナンバーを活用した「所得情報の拡充」と、社会保障官庁や地方自治体との「情報連携の整備」の2つが「仕組み」として必要となる。この2点について、最近デジタル庁と国税庁の双方で進展が見られた。

この「仕組み」が整えば、岸田内閣の標榜する「新しい資本主義」のもとでの人的資本の向上策など、わが国にとって必要な政策の導入や、デジタルを活用したプッシュ型給付などが可能になる。

以下、デジタル・セーフティネットの現在地について説明しさらなる課題について述べてみたい。

1.所得情報の拡充

国税庁は昨年6月に「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0」を公表した。その中で「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション(国税DX)」を謳い、デジタルを活用して国税に関する手続きや業務のあり方を抜本的に見直すとした。納税者の利便性を向上し、あらゆる税務手続を税務署に行かずにできる社会を目指すとともに、課税・徴収の効率化、高度化に向け、AI・データ分析の活用や関係機関との連携・協調等を図るとした。

マイナンバーに焦点を当てると、国税庁の課題は、現行の法定調書(資料情報)の範囲を拡大し、様々な場面で発生する個人の所得情報を収集し、正確な申告を促すことであろう。

法定調書制度は、企業で所得を得る雇用者の給与や、講演料・原稿料、弁護士や公認会計士などの報酬について、金銭等の支払者が、取引の内容・支払金額等を税務当局に提出することを義務付けるものだが、デジタル経済の発達の下で、フリーランスやギグワーカーについては、原則支払先からの法定調書が規定されていないという課題がある。

一方、社会保障やセーフティネットを構築するためには、働き方が変わりデジタルエコノミーが発達する中で、フリーランス、ギグワーカーなどの所得を正確に把握することが大前提となる。

そこで、フリーランスに支払いを行う発注者から税務当局へ法定調書の提出を義務付けるようにすることが必要となる。折よく、現在フリーランス保護のために政府部内で新法の制定が検討されているので、法整備を待って資料情報制度の拡充を行うことが望ましい。

 <参照リンク> 第79回「持続化給付金から考えるフリーランスのセーフティネット」

次に外食配達サービスの配達人のように、仲介型プラットフォームを通じて所得を得るギグワーカーについてはどうすべきか。配達人への支払情報を一括して管理しているのは、プラットフォーム企業なので、そこからの情報入手を検討する必要がある。プラットフォーム企業は、ギグワーカーが得る支払に関して、当事者ではないものの、情報の結節点となっているからである。

この点、シェアリングエコノミー、ギグエコノミーの進展を踏まえて所得把握を行うために各国では法定調書範囲の拡大など様々な努力が行われている。本年97日に開催された第14回政府税制調査会では、先進諸外国の実例が報告されている。

さらにOECDEUにおいて、国境を超える取引情報についての情報収集や交換のためのモデルルールの策定が行われている。

2.情報連携の整備

次は、国税当局に集まる所得情報(正確には支払情報)を、社会保障官庁や地方自治体の社会保障部局が活用できる情報連携の整備、つまりバックオフィス連携の仕組みを構築することである。

図は、筆者が構成員を務めるデジタル庁のマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(以下マイナンバーWG)第5回会合に提出された資料である。

図の右側にある<社保税OSSの概念図>を見ると、民間クラウド(国税庁の認定する認定クラウド)に、企業に働く従業員やフリーランスが確定申告に必要なデータ(法定調書)を保管し、それを必要な行政機関が活用できる概念図が、将来像として描かれている。クラウドに集まる情報を、法定調書から拡大し広く所得情報としていけば、さまざまな社会保障分野への活用が可能になる。ギグワーカーについては、前述のように、仲介プラットフォーマーから「民間クラウド」に所得データを提供させる仕組みを作れば、多くの勤労者をカバーした情報連携の仕組みが出来上がる。

現在、国と地方の税務当局間では、情報連携が行われているが、税務当局と社会保障官庁や自治体との情報連携は十分とはいえない。このことが、コロナ関連給付について「国民全員」(特別定額給付金)や、「住民税非課税世帯」(臨時特別給付金など)というアナログ的な基準に基づく給付につながり、財政資金の無駄を生じさせている。

また給付に多くの不正がみられるなど、所得情報と給付との連携の不備も見つかっている。マイナンバーを活用した連携システムを早急に構築し、プッシュ型給付も含め整備していくことが必要である。

この点参考になるのが英国のリアルタイムインフォーメーションの仕組みである。英国では、企業が毎月従業員の給与・賃金、源泉徴収税を歳入関税庁(税務当局)に報告・納付する(Real-time Information)とともに、その情報が社会保障官庁(雇用年金省)に情報連携がなされ、申請者の所得変更・給付額の算出が毎月自動的に行われるなど、中低所得者へ勤労を条件に給付されるユニバーサル・クレジット(給付付き税額控除)の給付に役立っている。

個人事業者については、2024年から4半期ごとの財務会計情報の税務当局への報告が義務付けられると同時に、雇用年金省のオンラインアカウントには毎月所得の申告が必要となる。受給にあたっては、就業するまでの求職活動が義務化され、就労に向けた準備活動、就労活動の計画や機会の面談など条件が付され、ペナルティーも課せられるなど厳格化されており、勤労を通じて生活を向上させていく政策(ワークフェア)となっている。

3.マイナポータルの活用

以上見てきたように、わが国では、法定調書の拡充や情報連携が、それぞれの部署で、進みつつある。もっともそれにはある程度の時間がかかる。それまでの間は、マイナポータルを活用した連携が考えられる。

マイナポータルは、マイナンバー制度の下で国民全員に設けられているポータルである。マイナポータルには、民間送達サービスという、本人同意により自らの所得情報を民間会社などから入手できる機能がある。現在この機能を通じてe-taxが行われており、「日本型記入済み申告」と呼ばれている。

今後この制度を活用し、フリーランスは発注先から、ギグワーカーは仲介プラットフォーマーから、自らへの支払情報をマイナポータル経由で入手し、それをe-Taxや社会保障官庁に連携させる流れを構築していくことが必要だ。

マイナンバーの活用には、国民からプライバシーの懸念が指摘されている。しかしマイナンバーは、社会保障・税番号であり、「公平・公正な課税」と「社会保障負担・給付の公平化・効率化」の2つを目的とする。「公平な課税」や「公平な社会保障」を求めることは民主主義社会建設の基本で、マイナンバーは不可欠な社会インフラである。

この制度は、SNSなどによる個人情報の濫用やAIが行う監視社会とは次元の異なる話で、個人情報保護委員会がプライバシー懸念を払拭させるべくしっかり監視することが必要だ。

4.人的資本の向上を支えるセーフティネット

最後にどのようなセーフティネットを構築すべきかという「制度設計」の問題がある。筆者は、「人的資本の向上」と「雇用の流動化」が「経済成長」につながるような制度を構築すべきと考えている。

個人では取り切れないリスクが拡大する中で、所得の不安定なフリーランスやギグワーカー、非正規雇用者の所得安定化を図ることは喫緊の課題である。所得が低い時期に一定の給付を与え、勤労すれば税・社会保障後の所得が増加するインセンティブを組み込んだ英国のユニバーサル・クレジットがお手本となる。この点については、722日の東京財団政策研究所政策提言シンポジウムで述べたので、後日詳細が公表される予定である。

更に必要なことは、求職や失業中の所得の安定を確保しつつ、人的資本の向上につなげる施策と組み合わせることである(積極的労働政策)。第1のセーフティネットとしての「雇用保険」と、第3のセーフティネットである「生活保護」の間をつなぐ第2のセーフティネットの構築である。

求職者支援制度は、これを狙ったものだが、参加要件や収入要件が厳しく、またカリキュラムが時代に合っていないなどの問題が指摘され、十分活用されていない。失業中・休業中の所得を支えつつ、職業訓練などによる人的資本の向上を図る内容へ抜本的な改組をしていくことが必要だ。

今日「賃上げ」が求められるが、「賃上げ」が継続的に続いていくためには一人当たり労働生産性を高める必要があり、それには「雇用の流動化」と「人的資本の向上」をパッケージとした政策を進める必要がある。企業も労働者も、成熟分野から成長分野へとスムーズに移動していくことで、継続的な賃上げが可能になり経済成長につながっていく。

一方、わが国では、終身雇用制度の下で判例による厳しい解雇規制があり、雇用者は賃上げよりも安定した雇用を自ら望み、労働組合も正規雇用者の雇用継続を優先させてきたので、「雇用の流動化」を進めていくには大きな抵抗がある。成熟・衰産業から成長産業へのスムーズな労働移動はなかなか進まない。

「雇用の流動化」を進めていくためには、新たな職を求めての失業・休業する際の所得を国がきちんと保障し、安心して転職のための職業訓練・能力開発を受けることができる制度を構築する必要がある。それが筆者の唱えるデジタル・セーフティネットで、「新しい資本主義」を支える成長戦略でもある。

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

VIEW MORE

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム