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年金財政検証から見る年金制度改正の論点—連載コラム「税の交差点」第121回
画像提供:Getty Images

年金財政検証から見る年金制度改正の論点—連載コラム「税の交差点」第121回

August 5, 2024

R-2024-020

1.年金財政検証の公表
2.はじめて世代別、性別の試算が公表
3.2025年改正の柱と目される政策とその評価と展望
4.早々に制度改正が見送られたオプション―基礎年金の拠出期間延長・給付増額
5.メリットの多い基礎年金の拠出期間延長だが
6.なぜ改正は見送られたのか

1.年金財政検証の公表

少子化と高齢化が同時進行し継続的な人口減少が見込まれる中、安心できて活力のある社会を構築していくためには、年金・医療・介護など社会保障制度の持続可能性を高め、若者も含めた国民の将来不安を軽減することが必要で、これがわが国最大の政策課題といえる。

2024年73日、5年に一度の年金の財政検証、「定期健康診断」の結果が公表された。また、それを受けて2025年に年金制度改正が予定されている。

東京財団政策研究所では、この機会をとらえて、ウエビナー「年金の将来を考えるー年金財政検証結果の評価と制度改正の展望」(登壇者:西沢和彦日本総合研究所理事、高橋俊之元厚生労働省年金局長、司会:森信茂樹)を行った。今後3回に分けて公表する予定である。

さて今回の年金財政検証は、人口と経済に関する一定の仮定を置き、今後100年間の給付水準を示すだけでなく、見直しが必要な項目について試算を行い、その政策効果なども示している。

経済前提については、高成長実現ケース、成長型経済移行・継続ケース、過去30年投影ケース、一人当たりゼロ成長ケースの4つが設けられた。「過去30年投影ケース」は、内閣府中長期試算のベースラインケースに接続するもので、TFP(全要素生産性)の上昇率は0.5%と、直近の景気循環の平均の水準であり、これを基本に考えていくこととしたい。

人口推計については、中位推計として、合計特殊出生率は1.362070年)、入国超過数は16.4万人と想定されている。これについては、1.20という昨年の出生率からみて楽観的という評価がある。

次に、今後の年金の給付水準について。現在、会社員の夫と専業主婦世帯のいわゆる「モデル年金」は月額226000円で、所得代替率(現役世代の男性の平均手取り収入37万円に対する割合)は61.2%となっている。今回の検証では、5年後の2029年度の所得代替率は、4つの経済前提ケースで59.4%から60.3%と、いずれも50%を上回っている。

平成16年改正で、給付水準の自動調整の仕組みであるマクロ経済スライドを取り入れた際、給付水準の下限を所得代替率50%と定め、それを下回ると見込まれる場合には所要の措置を講じることとされているが、その必要はなくなった。

さらにその先の将来の給付水準について経済前提ケースごとにみると、成長率がマイナス0.1%にとどまる「過去30年投影ケース」では、厚生年金の給付抑制が再来年度(2026年度)に終了する一方、基礎年金の抑制は2057年度まで続き、現役世代の手取り収入418000円に対するモデル年金は211000円、所得代替率は50.4%となっている。

このように、今回の検証では、高齢者や女性の就労増加や、足元の積立金の運用が良いことなどの好影響により、過去30年投影ケースでも所得代替率50%以上を確保できたことが見てとれる。これは、国民に一定程度の安心感を与える内容となったと評価できる。

2.はじめて世代別、性別の試算が公表

今回特色的なことは、世代や性別ごとに65歳になった時点での平均の年金額の見通しが、「年金額分布推計」として示されたことだ。若い世代ほど、厚生年金の加入期間が長くなる傾向があるので、平均額が高くなり、女性の年金額の上昇が顕著になっている。(図表参照)
「過去30年投影ケース」では、今年度(2024年度)65歳になる1959年度生まれの女性の平均年金額が9.3万円なのに対し、1974年生まれの女性は9.8万円、1984年生まれの女性は9.9万円、1994年生まれの女性は10.7万円と、若いほど改善する姿が示されている。若い人の年金水準が下がらないこと、女性の年金水準が向上していくことが示されたことは、年金制度への若者の不安がある程度払拭される効果をもたらす。

3.2025年改正の柱と目される政策とその評価と展望

一方で、年金制度については、予想をはるかに超えるスピードで進む少子化、高齢化を背景に、制度改正の必要となる課題も多く見えてきた。その議論のために、今回の財政検証では、一定の改正を行った場合の給付水準や財政への影響を示す「オプション試算」が示された。オプションとその試算は、以下の5項目について行われている。

オプション1.被用者保険の更なる適用拡大(約90万人から約860万人の4ケース)
オプション2.基礎年金の拠出期間延長・給付増額
 基礎年金の保険料拠出期間を現行の40年(2059歳)から45年(2064歳)に延長し、拠出期間が伸びた分に合わせて基礎年金が増額する仕組みとした場合
オプション3.マクロ経済スライドの調整期間の一致
 基礎年金(1階)と報酬比例部分(2階)に係るマクロ経済スライドの調整期間を一致させた場合
オプション4.在職老齢年金制度
 就労し、一定以上の賃金を得ている65歳以上の老齢厚生年金受給者を対象に、当該老齢厚生年金の一部または全部の支給を停止する仕組み(在職老齢年金制度)の見直しを行った場合
オプション5.標準報酬月額の上限
 厚生年金の標準報酬月額の上限(現行65万円)の見直しを行った場合

4.早々に制度改正が見送られたオプション―基礎年金の拠出期間延長・給付増額

いずれのオプションも、わが国の年金を持続可能にしていく中で重要なポイントであるが、オプション2.「基礎年金の拠出期間延長・給付増額」は、基礎年金の充実という大きな課題に対応するもので、国民にとって極めてメリットの大きい改正項目だ。しかし、「法律案にまとめて国会で成立させられるのか見通しを持てない」(年金部会における年金局長の説明)との理由で改正が取り下げられ、せっかくの議論の機会を失った。その背景や、問題点について探ってみたい。

まず、内容である。基礎年金の保険料拠出期間を現行の40年(2059歳)から45年(2064歳)に5年間延長し、拠出期間が伸びた分に合わせて基礎年金が増額する仕組みとした場合の試算である。

「過去30年投影ケース」では、すでに述べたように、基礎年金の給付抑制は2057年度まで続き終了時のモデル年金の所得代替率は50.4%である。これが、拠出期間を5年間延長した場合には、2055年度の所得代替率は57.3%と、納付期間を延長しない場合と比べて6.9ポイントの改善になる。基礎年金部分だけでも、25.5%から29.5%へと4%ポイントが上昇する。 図表参照

           (令和6年財政検証結果の概要 厚生労働省 令和673日) 

5.メリットの多い基礎年金の拠出期間延長だが

 延長することのメリットを整理すると、以下のとおりである。

 1号被保険者(自営業者、厚生年金に加入していない非正規雇用者、農業、学生、無職など)は、「5年間で約100万円の追加納付」を行えば、「年10万円の給付増が終身で受け取れる」ことになる(令和6年度の基礎年金額をもとに計算)。

 さらに社会保険料控除があるので、例えば所得税と住民税合計の税率が20%の人は、約20万円の税金が拠出段階で軽減される(100万×20%)ので、100万円の保険料の実際の負担額は80万円になる。つまり、追加納付分は、給付後8年で「元が取れる」のである。

 健康寿命が延び、20214月からは65歳までの雇用確保が義務づけられた。60歳を超えて働く高齢者が増加する中で、基礎年金の拠出期間を延長するという考え方は当然ともいえる選択肢である。

 低所得で納付できない人はどうするのか。この人たちには、申請に基づく保険料納付の免除の仕組みがあり追加負担はしなくてもよい。その場合には、免除期間に応じた受取額が半分になる(半分は給付がもらえる)。一方、会社員など厚生年金の加入者は、60歳を超えても雇用されていれば追加負担はない。

このように冷静に議論すれば、国民も納得するメリットの多い有意義な改正である。 

6.なぜ改正は見送られたのか

厚生労働省だけでこのような法改正を見送りにするという判断はできないはずだ。背後には官邸の意向がある。

見送りの理由について事務当局は、「総合的に考えた中で、苦渋の判断」と説明している(各種新聞報道)。筆者は、官邸が見送りをした判断の背景を次のように考えている。

SNSでは、5年間延長の負担増部分だけが切り取られ、負担増に対する感情的な反発が広まっていた。「増税メガネ」というSNSのレッテルを極端に気にする岸田首相としては、避けたい議論なのであろう。

より根本的な理由として税財源の負担増につながりかねないという事情がある。基礎年金の2分の1は税財源が投入されており、延長年分の給付に見合う税財源は、1兆円程度と試算されている。つまり5年間の拠出期間延長は、1兆円程度の財源を確保する議論につながっていくので、これまた避けたい議論となる。

期間延長は、国民全員にとってメリットの多い選択肢である。また、基礎年金は所得代替率が50%を超えるといっても、そもそもの水準が老後の生活の基礎として十分かどうかという問題もある。メリット・デメリットを議論するまえに選択肢そのものを引っ込めてしまうというやり方はあまりにも逃げ腰だ。正面から逃げずに国民的議論を行う勇気をもった政権の必要性を考えずにはおれない。 


 参考文献「年金制度の理念と構造」(高橋俊之著 社会保険研究所 2024

 

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