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予防にかかる費用統計の整備を
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予防にかかる費用統計の整備を

June 28, 2022

R-2022-018

自明ではないわが国の予防にかかる費用
SHAによる予防の機能別分類
地方自治体の地方単独事業による予防
OECDのHPのデータは
参考文献

自明ではないわが国の予防にかかる費用

健康における予防の重要性はこれまでも繰り返し謳われ、新型コロナ禍によってそれが改めて強く認識されることとなった。しかし、わが国では予防に対し一体いくらの費用が投じられているのかという最も基本的な統計は、探しても見当たらない。厚生労働省からは毎年度「国民医療費」が公表されているが、それをめくっても、予防接種のワクチン代や問診料、保健所の運営費、妊婦健診、および、がん検診など予防にかかる費用は出てこない。「国民医療費」に計上されているのは、もっぱら医療保険給付の対象となる治療に要する費用に限定されているためである。国民医療費は、国民治療費と呼んだ方が実態に即している。

予防にかかる費用を把握し、さらに国際比較するには、OECDEUWHOによって定められたSHASystem of Health Accounts)の枠組みが有効である。SHAとは、いわば健康版のSNASystem of National Accounts:国民経済計算)であり、2000年に初版が公表され、2011年に一度改定されている。この枠組みに則り各国によって推計されるHealth expenditureは、わが国では「保健医療支出」あるいは「医療費」などと訳されている。厚生労働白書でも「医療費」として紹介されている。ただし、Health expenditureは、治療費のみならず介護や予防など健康に関する費用を広範に含んでおり、健康支出と直訳した方が相応しい。

SHAによる予防の機能別分類

健康支出は、機能別に次の7つに分類されており(大分類)、その1つとして予防がある。なお、HCとは、機能別分類を表す記号であり、「国民医療費」は、このうちHC.1HC.2、および、HC.5の一部に概ね相当する。

  • HC.1 治療
  • HC.2  リハビリテーション
  • HC.3  介護(日常生活動作への対応)
  • HC.4  補助的サービス(特定の機能に分類されないもの)
  • HC.5  医療材(特定の機能に分類されないもの。主なものは薬剤)
  • HC.6  予防
  • HC.7  管理

予防はさらに機能別に次の6つに分類されている(中分類)。

  • HC.6.1 情報、教育、相談
  • HC.6.2 予防接種
  • HC.6.3 疾病の早期発見(検診)
  • HC.6.4 健康状態のモニタリング(健康診断)
  • HC.6.5 疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール
  • HC.6.6 災害への備えと緊急対応

このなかには、予防接種や健康診断のように身近なものもあれば、疫学的サーベイランスのように聞き慣れないものもある。予防サービスの主な提供主体には、政府(国と地方自治体)、医療保険の保険者、および、雇用主などがあるが、中分類の具体的なイメージを掴むため、地方自治体を念頭に敷衍すると次の通りである。

HC.6.1情報、教育、相談〉は、妊産婦への保健師の訪問指導、精神保健相談や栄養指導などが代表的である。

HC.6.2予防接種〉は、SHAでは、風しん、BCG(結核)、B型肝炎、ロタウイルス、Hib、小児用肺炎球菌、ジフテリア、百日せき、破傷風、不活化ポリオ、麻しん、水痘、 日本脳炎、子宮頸がん予防、高齢者用肺炎球菌、高齢者インフルエンザのワクチン代と医療機関に対する委託料などが例示されている。新型コロナワクチンもここに含まれるであろう。

HC.6.3疾病の早期発見(検診)〉は、がん検診に代表されるように特定の疾病の早期発見を目的とし、他方、〈HC.6.4健康状態のモニタリング(健診)〉は、視力・聴力検査や体重測定など定期的な健康チェックを目的としている。

HC.6.5疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール〉は、新型コロナ対応を例にとれば、PCR検査検体採取センターの運営、自宅療養者の往診、感染者の病院搬送、および、酸素ステーション運営などである。2022615日、 岸田文雄首相は感染症対策の司令塔として感染症危機管理庁を新設すると表明しているが、同庁の主たる所掌はこのHC.6.5HC.6.2になろう。

HC.6.6災害への備えと緊急対応〉は、もっぱら災害派遣医療チーム(DMAT:Disaster Medical Assistance Team)の活動などが相当すると考えられる。DMATとは、医師、看護師、それ以外の医療職および事務職員で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故現場において、機動的に活動開始可能な、専門的訓練を受けた医療チームと定義されている 。

地方自治体の地方単独事業による予防

こうした予防サービスの多くは、地方自治体の地方単独事業すなわち一般財源を原資に提供されており、それらは、総務省の「社会保障施策に要する経費」に事業項目ごとに掲載されている。本稿では、それを2018年度から2020年度の3か年についてSHAの枠組みに則り、HC.6.16.6への仕分けを試みた(図表1)。2018年度が新型コロナ感染拡大前、2019年度が拡大初期、2020年度が感染拡大後ということになる。

なお、仕分けについて技術的な留意点が3つある。1つは、都道府県と市町村それぞれの支出の単純合計を用いており、都道府県から市町村への補助金分が若干ではあるものの二重計上になっていること。2つめは、HC.6ではなくHC.1など他の機能に分類すべきか判断が分かれる事業項目についても本稿ではHC.6に分類していること。3つめは、HC.6.16.6の複数の機能にまたがる事業項目であっても各機能に分類できていないことである。このように留意点はあるものの、地方単独事業として提供される予防サービスについて、概ねの傾向把握は出来ていると考える。

結果を要約すると、第一に、地方自治体が単独事業として提供し、かつ、HC.6に相当する予防の合計は、2018年度8,801億円、2019年度8,867億円、2020年度は前年度比約2,400億円増の11,289億円となっている。

第二に、機能別には(2020年度)、HC6.2予防接種の規模が最も大きく3,539億円、次いでHC.6.5に分類した新型コロナ対策等2,223億円、HC.6.4健診1,599億円、HC.6.3検診1,076億円と続く。HC6.2予防接種については、新型コロナのワクチン自体は国による調達であり、ここには表れていないとみられるが、PCR検査センター運営費などが計上されるHC.6.5は前年度比約2,000億円の大幅増加となっている。HC.6.1HC.6.6のウェイトは他の機能対比相対的に小さい。

第三に、保健所、市町村保健センター、口腔保健センターはHC.6.1から6.6の複数の機能にまたがり、仕分けが困難なため特定の機能に分類していないが、これらにかかる費用は計2,708億円となっている(2020年度)。業務の逼迫が報告される保健所については、感染が拡大した2020年度に前年度比135億円増加しているものの、(1)果たしてこれで十分な規模なのか、(2)新型コロナへの対応を迫られた結果、他のHC.6.1~4に影響が及んでいるとすればその程度などについて検証が必要であろう。

OECDHPのデータは

OECDのホームページ上にももちろん、2018年度が直近とやや古いが、健康支出の機能の1つとして予防の推計値が掲載されている(図表2、以下HP掲載値)。HP掲載値をみると、まず、予防の合計は17,943億円、提供制度別の内訳は、政府、保険者、雇用主、家計の自己負担、それぞれ5,769億円、6,597億円、5,572億円、5億円となっている。

次に、政府(国と地方自治体の合計値が掲載されている)に着目し、HP掲載値の機能別内訳をみると、HC.6.63,314億円、HC.6.42,205億円、および、HC.6.1204億円の3機能が目を引くのみで、2、3、5はゼロかほぼゼロに等しくなっている。こうしたHP掲載値には、これまでの議論を踏まえると、次の3つの問題点を指摘できる。

第一に、HP掲載値には、HC.6の各機能にまたがる保健所、市町村保健センター、および、口腔保健センター、HC.6.3に分類されるがん検診などが計上されておらず、その分大幅な過少推計になっている。保健所業務の逼迫が伝えられつつ、そもそも健康支出にその費用が全く計上されていないのは憂慮すべき事態といえる。

第二に、HP掲載値では、HC.6.2の予防接種に14億円しか計上されておらず、他方、災害への備えと緊急対応であるHC.6.63,314億円もの金額が計上されている。この金額は、規模からみてもHC.6.2に計上されるべきものである可能性がある。

第三に、OECDのホームページ上ではHC.6.5がブランクになっている。新型コロナ禍の前の2018年度であっても、新型インフルエンザ対策として地方自治体は10億円を計上しており(図表1)、国は検疫所を運営している。2019年度決算では、検疫所費用は約120億円である。少なくともこれらがHC.6.5に計上されていなければならない。HP掲載値は、この分やはり過少推計になっている。

冒頭述べたように、予防にかかる費用を把握し、さらには新型コロナ対応を国際比較するためにはSHAの枠組みが有効であるが、実際の推計結果は、実用レベルに達していない。今後、予防の実態を正確に把握し、よりよい施策のあり方を議論していくうえで、その基礎として期待されるHealth expenditureの推計精度を抜本的に改善することが不可欠である。


参考文献

西沢和彦. 健康支出(Health expenditure)における予防支出推計の改善に向けて-『社会保障施策に要する経費』を用いた再推計. JRIレビュー. 2022, Vol. 5, No. 100, p. 29-47.

    • デジタル革命、デジタル化による社会構造転換
    • 日本総合研究所調査部主席研究員
    • 西沢 和彦
    • 西沢 和彦

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