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ワクチン接種が浮き彫りにしたマイナンバー活用の障害
写真提供 Getty Images

ワクチン接種が浮き彫りにしたマイナンバー活用の障害

December 7, 2021

R-2021-017

年末に向けた来年度予算編成の過程で、行政改革推進会議における「秋のレビュー」(年次公開検証)は、第2次安倍晋三内閣以降、秋の恒例行事となった。秋のレビューは、来年度予算編成に関連して、国の事業の効果や効率性等を外部の委員が公開で検証する会議である。

今年は、1031日の衆議院総選挙を終え、1110日に特別国会が召集されて第2次岸田文雄内閣が発足する直前の118日と9日に、秋のレビューが開催された。今回はコロナ対策やデジタル社会の実現などのテーマで議論が行われ、コロナ対策の中では、「今後の円滑なワクチン接種に向けた課題の整理」も取り上げられた。
ワクチン接種に関する秋のレビューで取り上げられた論点は、次の3点だった。

  • 情報システム化の遅れや国と地方の情報共有・伝達等に係る問題から、需給のミスマッチ等が生じ、予約の混乱を招いたのではないか。
  • 緊急時などにおける地方保有データの国利用の円滑化を可能とする仕組みや、必要に応じて住居移転等の際に自治体間の接種記録の引継等ができる仕組みが必要ではないか。
  • 国からの正確な情報の発信のあり方等の検討が必要ではないか。

ワクチン接種に関する議論では、国民がワクチン接種をめぐるデマに惑わされないように、政府から正確な情報をどう発信すればよいかについても議論されたが、中でも重視された課題は、2回の接種記録がある人をどう特定するかであった。

早ければ202112月にも、3回目のワクチン接種を始めようと、体制づくりが進められている。当然ながら、3回目の接種者は、すでに2回接種をしていないといけない。2回目までの接種が終わった人を誰がどう認識するかという接種記録のとり方が課題となる。

もちろん、2回目までのワクチン接種者は、接種したときに住んでいる地方自治体にその記録があり、それに基づき3回目の通知が送られる。

しかし、問題となるのは、2回目までの接種者が3回目までの間に転居すると、転居先の地方自治体に、そのワクチン接種の記録が、当人が申請しないと引き継がれない状況になってしまうことである。

そもそも、今般の新型コロナウイルスワクチンにおいて、国はワクチン接種記録システム(VRS)というシステムを構築し、接種記録を一元的に管理できるようにした。VRSには、マイナンバーが活用されており、接種記録はマイナンバーと紐づけられている。これは、マイナンバー制度が想定している活用法に沿ったものであるといえる。

出典:行政改革推進本部「秋のレビュー」配布資料

問題は、この接種記録に誰がどうアクセスできるかである。

もちろん、地方自治体の担当職員はこの接種記録にアクセスできる権限を持っている。しかし、担当職員が住民の記録を勝手にのぞき見することは許されない。したがって、担当職員が接種記録を確認する際には、必ず本人の同意がなければできないこととなっている。

確かに、個人情報保護の観点から言えば、本人の同意がなければアクセスできないという点では安心できる。しかし、担当職員に接種記録を確認してもらうためには、本人が市役所等の窓口に赴かなければならない。本人の同意を得て、担当職員は初めて接種記録にアクセスできる。

別の言い方をすると、本人の接種記録はVRSにあるのだが、本人はVRSにアクセスできない。だから、担当職員にVRSへのアクセスを依頼しなければならないのである。

ここに、マイナンバー制度の活用をめぐる障害が浮かび上がってくる。

情報の持ち主である個人と、マイナンバーに紐づけられたデータにアクセスできる担当職員の双方が揃わなければ、当人の情報にアクセスできない。個人情報保護は大事だが、そこまでがんじがらめにしなければならないものなのか。

個人情報保護が手厚すぎて、せっかくある接種記録を有効に活用できない状態になっている。

これを改めるには一部法改正が必要で、残念ながら3回目のワクチン接種には、現状を改めることは間に合わなさそうである。

ただ、デジタル庁では、このVRSの記録を活用して、市役所等の窓口に行かなくとも、スマートフォンとマイナンバーカードがあれば、ワクチン接種の電子証明書が取得できるように準備を進めている。202112月中旬からの開始を目指している。

さて、個人情報保護と利便性の向上とを、どうバランスさせるか。これはワクチンの一事例であるが、ワクチン以外にも行政全般に同様のことがいえよう。

まずは、マイナンバーに紐づけられた行政機関が持つ個人情報について、マイナポータルというサイトやアプリで、自分の情報は自分で見られるようにすることがよいだろう。

マイナポータルとは、自分のマイナンバーに紐づけられた情報を、行政機関や他人にのぞき見されない形で、スマートフォンやパソコンで見ることが出来るポータルサイトである。

ワクチンについては、先に述べた通りである。マイナポータルは使わないものの、個人が自らのワクチン接種記録にアプリを通じてアクセスできるようにして、ワクチン接種の電子証明書が取得できる体制を整えることとなっている。

ワクチン以外にも、社会保障などの給付や税金に関する自分の情報について、マイナポータルで見られるようにして、それをスマートフォンなどで自ら操作して行政機関に送信できれば、行政機関の窓口へ行くことなく手続きが済むようにできるだろう。

それとともに、行政機関に対する国民からの信頼をさらに向上させる取り組みを積極的に進める必要がある。行政機関が持つ個人情報を行政機関の担当職員が扱っても国民が安心できるようにすることが求められる。前述のような本人同意は、総じていえば、国民が行政機関に対してそこまで信頼していないことの表れともいえる。本人同意がなくても、行政機関に任せれば個人情報を適切に保護してくれる、という安心感が、利便性向上の基盤となる。

そうすることで、国民がわざわざ手続きをしなくても、ほぼ自動的にワクチン接種の案内や給付金の受給ができるようになるだろう。

2次岸田内閣発足時の記者会見で、岸田首相自ら「プッシュ型」の支援を実施すると明言した。歴代首相の中でも、社会保障の文脈で「プッシュ型」という言葉を用いた首相は、わが国ではほぼいなかっただろう。プッシュ型の支援とは、国民が行政機関に、申請手続きなどをしなくても、要件を満たす国民に必要な支援を行政機関からほぼ自動的に行う仕組みである。欧州では比較的多用されているが、これまで、日本では災害復旧支援などの分野を除いてほとんど用いられていなかった。

プッシュ型の支援を実現するためには、行政機関が適時適切に困っている人を正確な情報に基づいて見つけ出して、積極的に関与することが求められる。これまでのわが国の行政では、困っている人が行政機関に自ら申し出なければ支援してもらえないのが当たり前だった。この現状から、個人情報を保護しつつも活用して、困っている人に行政機関から手を差し伸べる形をもっと取り入れるようにしていくことが必要となる。

今後そうした方向に変わっていく兆しが、今年の秋のレビューでも見られた。デジタル庁ができたからといって、プッシュ型の支援ができるまでにはまだまだ道半ばである。とはいえ、コロナ禍という非常時に得た、不幸中の幸いともいうべき教訓をコロナ後につなげるべく、行政におけるデジタル技術とマイナンバーの活用を有機的に進めていくべきである。

今般の秋のレビューにおけるワクチン接種の議論では、先行諸外国を上回る接種率を、関係する方々や国民の協力によって短期間で達成したことについては大いに評価できるとの意見が大勢であった。その上で、ワクチン接種を安全かつ的確に行うために、国と地方が保有する情報に係る共有権限・管理権限や役割分担について検討する必要性が浮かび上がった。

国と地方及び地方自治体間で、デジタル技術も活用し、保有情報を共有したり、伝達したりする仕組み等について、さらに検討を深めなければならない。そして、今回のワクチン接種の経験を踏まえ、国と地方の新たな役割分担の検討に活かすことが望まれる。

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