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「異次元の少子化対策」、社会保険料増の前に「異次元の歳出改革」を ―金融政策「出口」に必要な財政健全化へのコミット――連載コラム「税の交差点」第105回
January 24, 2023
R-2022-100
・総論 ・金融政策正常化の必要性とその課題 ・「異次元の少子化対策」に必要な「異次元の歳出改革」 ・コントロールできていないわが国の財政 |
総論
ここ3年、コロナ禍ということで、累次の補正予算、巨額の予備費、数多くの基金の設立などが赤字国債で行われ、わが国の財政赤字(債務残高のGDP比)は一貫して拡大してきた。これを可能にしたのが「異次元の金融緩和」による日銀の国債買い入れであった。
しかし、世界的なインフレの波及を契機に、わが国でも金融政策の正常化への必要性が認識されはじめ、昨年クリスマス休暇というマーケットの隙を突く形で10年国債金利の上限が0.25%から0.5%へと拡大された。しかし長期金利上昇の動きは収まらず、投機筋による国債売りが続いている。
今後物価の上昇が賃金の引き上げにつながれば、金融の正常化(出口)に向けて動きが予想されるが、金融市場が、混乱なく「出口」に向かうためには、政権が財政健全化に向けてコミットすることにより、国債の信認を確保することが不可欠だ。
一方わが国は今年、防衛費の4兆円の増額や「異次元の少子化対策」など、「財源」に関する大きな議論が予定されている。国民に負担増を納得してもらうには、本気でわが国財政の「歳出改革」を進めていく必要がある。そのためには、総理はもとより、自民党のリーダーシップも問われる。
金融政策正常化の必要性とその課題
デフレ脱却に向けての異次元の金融緩和は、わが国にとって不可欠な経済政策であった。しかし10年を経ても政策効果は表れず、経済に与える負荷がクローズアップされることとなった。
第1に、金融機関の収益悪化をもたらし、貸出姿勢の消極化が地域経済に悪影響を及ぼし始めている。とりわけ地方銀行の中には、慣れない外債投資をした結果金利上昇に伴う多額の損失を抱え、経営基盤が揺らぐところも出てきている。
次に、金利という経済のシグナルが失われた。経済の的確な判断が難しくなったことや、本来なら市場により淘汰される事業や会社(いわゆるゾンビ企業)が、低金利により延命された結果、新陳代謝が遅れ経済の構造改革が進まなかった。また家計の利子所得はほぼゼロになり、預金を持つ高齢者の生活を圧迫している。
最大の問題は、「実質的な財政ファイナンス」が行われ、財政規律が弱まったことである。政府がGDP(国が生み出す付加価値)の2倍を超える債務残高をかかえることとなっただけでなく、日銀も、上限のない国債購入を行った結果、保有国債残高は500兆円を超え、わが国の国債発行残高の半分超を保有するという状況になり、最近の金利上昇で保有国債の含み損も発生している。
これらの問題を解消するためには金融政策の正常化が必要だが、デフレ脱却が完全とは言えない状況では、経済に大きな負荷がかかる。しかし、世界的なインフレがわが国に波及し、企業にも賃上げの必要性が浸透し始めた状況の中で、順調に賃上げが進めば、2024年度中に物価上昇率2%が安定的に持続する可能性が出てくる。当初の想定とは異なる形だが、金融正常化に向けた動きが出てくる。
問題は、正常化の過程で、日銀や政府、さらには国民にも大きな負担がのしかかるということだ。
日銀は、金利が上昇すると、保有国債に含み損が生じるだけでなく、当座預金金利を引き上げる必要があり、利払い負担の増加で赤字に転落する。当然、現在毎年1兆円程度ある国庫納付金はゼロになる。
国債の償還分を金利の上がった国債に再投資することによって、中期的には赤字は減らせるので赤字脱却は可能だが、それには数年かかる。
深刻な問題を抱えるのは政府である。金利上昇により国債利払い費は毎年大幅に増えていく。財務省の試算(「令和4年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」[i])によると、金利が1%上がると国債費は、翌年から0.8兆円、2.1兆円、3.7兆円と増加する。2%引き上がると、1.7兆円、4.1兆円、7.5兆円と増加していく。GDPの2倍を超える国債残高のもとで国債費が雪だるま式に増えれば、それを賄うためにさらなる新規国債発行という悪循環に陥る。
2013年1月に政府と日銀は共同声明を発表した。「日銀は2%の物価目標をできるだけ早く達成する一方で、政府は経済の成長力を高めるため構造改革を進めるとともに、持続可能な財政基盤をつくること」とそれぞれの目標を示した。
しかしこの10年、政府は自らに課せられた目標である構造改革や財政健全化を進めることはできなかった。構造改革を進める規制緩和は、農協をはじめとする業界団体の既得権益や擁護する政治家の反対がありほとんど進んでいない。その結果デフレ脱却のすべての対策が金融政策にいくこととなったのだが、いよいよ限界に来たのである。
金融が正常化する際には、市場から、一国の財政状況が改めて意識され、国家の信認が問われる。この点英国トラス政権の経験が参考になる。
トラス政権は、大規模減税をはじめとする拡張的財政政策による国債増発計画を公表したが、市場からの信頼を得られず金利が急騰、ポンド安、株安を誘発し、減税の取りやめ、政権崩壊につながった。国債増発による拡張的財政政策が、財政赤字を通じて通貨安やインフレにつながるという市場の懸念が顕在化したといえよう。
わが国で市場の混乱を引き起こさず「出口」を迎えるには、改めて政府が構造改革や財政健全化にコミットし強い意思を示す必要がある。
現在わが国の財政目標は、「2025年度プライマリーバランスの黒字化」と「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」の2つだが、プライマリーバランスには利払費が含まれないことに留意する必要がある。プライマリーバランスが黒字化しても、政府は基礎的支出に加えて過去の借入に対する利払費を負担する必要があるので、その支払いのために借入を行う必要が生じる。したがって、債務残高のコントロールもあわせて必要となる。
もともと現在生じている世界インフレの背景には、コロナ禍やウクライナ戦争といった供給側の要因だけでなく、拡張的な財政政策(それに伴うペントアップ需要の拡大)がある。その政策を修正しない限りインフレ圧力は減らず、金利の上昇、景気の停滞、財政赤字の拡大という悪循環が生じる。
先進国はコロナ禍の財政悪化に対して健全化に向けた努力を始めているが、わが国だけは逆方向にある。怖いのは財政破綻ではなく、弱者にしわ寄せが行き社会の分断をもたらすインフレだ。
「異次元の少子化対策」に必要な「異次元の歳出改革」
このような状況の下でわが国は、巨額の追加財政需要が必要な施策を迎える。岸田首相は新年早々、少子化を食い止めるためには「異次元の少子化対策」が必要として、新たな検討会の設置を設け、児童手当などの経済支援の強化、子育て家庭向けサービスの拡充、働き方改革の推進の3点について、3月末をめどに具体策の検討に着手する。また4月には、総合的な子ども政策を推進する核となる「こども家庭庁」が4.8兆円の予算規模で創設される。
数兆円の財源が必要ともいわれる少子化対策の財源については、6月に予定されている「骨太の方針」で当面の道筋を示していくとされた。水面下でささやかれているのは、医療・介護・年金という既存の社会保険料への上乗せにより資金を確保する「子育て支援連帯基金」の創設である。
この構想は、これまでも自民党内で議論されてきたものだが、「保険料であれば国民の抵抗も少ないだろう」という考え方が背後に見え隠れする。
社会保険料の中心を担う年金保険料は、勤労世代のみが負担することを考えると、負担のあり方としては、資産や所得に余裕のある高齢者にも負担を求める消費税の方が望ましい。また社会保険料負担の半分は企業負担で、その引上げは、企業の正規雇用者から非正規へのシフトを加速させることになりかねない。また社会保険料は(消費税と異なり)価格転嫁できずコスト増になるうえ、(消費税と異なり)輸出時に還付されないので、国際競争力を弱めるという問題もある。
消費税は政治的に議論から排除したいという意向はわからないでもないが、「給付」と「負担」の国民的な議論はすべきだ。
筆者は、2021年3月と4月の2回、自民党の「少子化対策特別委員会」(衛藤晟一 委員長)に呼ばれ、財源に関する話をしてほしいという依頼を受け、消費税以外にドイツのような連帯付加税、フランスの一般社会税、国際連帯税としての金融取引税などが考え得るという話をした。報告書「総合的かつ抜本的な少子化対策に向けて」(令和3年5月25日)[ii]には、少子化対策に必要な安定財源確保の必要性、裨益する者がそのために負担・拠出する枠組みの検討、多様な角度からの財源の検討の必要性などが書かれている。
コントロールできていないわが国の財政
国民が負担増の議論を受け入れるには、歳出改革が不可欠だ。ここ3年間わが国の予算は、コロナ禍ということで、補正予算、予備費の増額、基金の設立などにより膨張を重ねてきた。歳出を徹底的に見直す議論を同時並行して始めることが国民の理解を得る上で不可欠だ。
すでに5兆円の防衛費増額の財源に「歳出改革」が入っている。しかしその内容は「社会保障関係費以外についてこれまでの歳出改革の取組を実質的に継続する中で…(中略)…財源を確保する」とあり、具体性に欠けている。社会保障関係費以外というと、文教や公共事業費などで、人件費までメスを入れていく必要がある。
かつて小泉内閣では、自民党中川秀直政調会長(当時)主導で「歳出・歳入一体改革」が行われ社会保障費にもメスが入った。(消費税アーカイブ第3回 第三次小泉政権(後編)参照)
しかし現在自民党で行われているのは、「国債60年償還ルールの見直し」など、赤字の実態を覆い隠し市場の信頼を損なう逆方向の議論だ。「異次元の歳出改革」を行うには、総理のリーダーシップに加えて、自民党の協力が欠かせない。
岸田総理の政治手法を振り返ると、当初の目標であった所得倍増は、いつの間にか資産所得倍増になった。また「一億円の壁」への対応は、所得30億円超の富裕層(200-300人)の税負担増にすり替わった。
このような手法はマスコミから「ハードルを越えずにくぐる」ものだと評されている[iii]。支持率の低迷や党内外の反対からハードルを飛び越せないと見るや、ハードルの下をくぐるという奇手によって進んでいくという政治手法を表現したもので、言い得て妙である。
卯年の今年こそ、ハードルをひとつひとつきちんと越えてほしいものだ。
[i] https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/outlook/sy0401a.html
[ii] https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/201708_1.pdf
[iii] 2023年1月8日付読売新聞「広角多角」伊藤俊行編集委員