R-2022-008
1,ロボット・タックスの議論 2,ロボットは雇用を奪うのか 3,ロボット・タックスとは 4,IMFペーパーと望ましい財政政策 |
1,ロボット・タックスの議論
マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏は2017年、「一時的に自動化のスピードを遅らせ、老人介護や幼児教育など人間しかできない分野にたずさわる人たちへの支援のため」として「ロボット・タックス」導入を提言した[i]。それ以来、米国を中心に多くの研究者が参加しロボット・タックスについて様々なアイデアや研究成果が出現した。
その理由や背景はどのようなものなのであろうか。
第1に、今後ロボットやAI(人工知能)の発達が、我々の経済社会にきわめて大きな変革をもたらすという危機感である。筆者の身の回りでも、お掃除ロボット「ルンバ」やコミュニケーションツールとしての「Siri」、「自動翻訳機」など様々な分野で活躍している。ロボットやAIの発達が、医療診断、法務相談、通訳・翻訳といった専門的な知識を持つ者の業務も代替できるという事実が実感として広がり、将来不安が高まりつつある。
第2に、そのような不安が現実になれば、社会は分断される。AIやロボットの発達・普及によって生み出される莫大な富や所得は、アイデアや資本の出し手、それをビジネスに活用する優れた経営者に集中する。一方AIやロボットによって代替が進む一般労働者は所得が不安定で、社会は二分化されていく。
このような社会の分断を防ぐには、短期的には、AIやロボットにより職を失った者への生活保障、セーフティーネットが、中長期的にはAIやロボットに職を奪われないよう、人間しかできない(ロボットに代替できない)分野を広げる教育や職業訓練を充実させることが必要となる。
これらの政策(セーフティネットの構築と再教育)を実現するためには、相当規模の財源が必要となる。すでにインターネット上のプラットフォームを介して広がるギグ・ワーカーのセーフティーネットが脆弱なことが問題視され、また万人に最低限の生活を保障するベーシックインカムという考え方がでている。(筆者のベーシックインカムに対する考え方については、第76回参照)
このようなコンテキストで出てきたのがロボット・タックスである。これを導入することにより、AIやロボットの進化をある程度抑制しつつ、その間に財源を確保して必要な対策に充てるという考え方である。したがって、この話は、単に税金の話としてとらえるのではなく、AIやロボットが日々我々の生活に大きな影響を及ぼす中での公共政策全体をどう考えるべきかという観点が必要である。後述するIMFのペーパーも、「ロボットの普及による自動化の進展が経済成長と格差拡大の両方をもたらしており、技術進歩の効果を維持しながら格差等の悪影響を軽減する財政政策を考えていくことが必要」という認識に立っている。
つまり、我々の生活に不可欠になっているAIやロボットと人間はどのように共存していくべきなのか、共存のために必要なコストはだれがどのように負担するべきなのか、このことを考えるきっかけとなるのがロボット・タックスの議論で、今後のデジタル社会の公共政策の在り方を考える契機ととらえて議論したい。
2,ロボットは雇用を奪うのか
この問題を考える上でまず重要なことは、AIやロボットの発達が、本当に我々の社会にディストピアをもたらすのか(もたらしはじめているのか)という点の検証である。とりわけ問題となるのは、短期的・中長期的にだれの雇用をどのように奪うのかという点についてだが、専門家の間でも楽観論と悲観論の相異なる見解が対立している[ii]。また雇用への悪影響が、所得税や社会保険料の減収につながっていくことへの懸念もある。
楽観論は、これまでの歴史的に見ればテクノロジーの進歩は全体として雇用の創出につながってきた、AIやロボットの発達だけ例外という証拠はない、というものである。
これに対し悲観論は、AIやロボットの発達はこれまでの機械化・自動化とは異なり生産現場で活躍する産業用ロボット、消費現場で見かける自動レジなど極めて広範に及んでおり雇用に深刻な影響をもたらす、労働者がこれに対抗する技術や知識を取得するには相当の時間がかかる、中長期的にも、相当数の仕事が失われたままになる可能性が高いとする見解である。
2015年に野村総合研究所は、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授らとの共同研究で、「10~20 年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、それらに代替することが可能」との推計結果を発表[iii]、大きな衝撃が走ったことは記憶に新しい。
このように、AIやロボットがどの程度雇用に影響を及ぼすかについては、議論は収束していないが、楽観派ですら、新たに生み出される付加価値がうまく万人に配分されることの必要性を指摘しており、ロボットに対抗するための職業訓練や教育の必要性とそのための財源確保についてはほぼ見解が一致しているといえる。以下その前提で議論したい。
3,ロボット・タックスとは
ロボット・タックスとして現在世の中に提案されている主な考え方は以下のとおりである。
第1案は所得課税である。ロボットの生産性を計測し、それに見合う給与所得を計算しこれを課税標準として課税する方法である。理論的にはわかりやすいという利点がある反面、実際の計算には困難が伴う。また日々進化するロボットの生産性の計算が可能かという問題も生じる。さらに、ロボットの活用に伴う収益は、所有者や使用者の利益として課税されているので、さらなる課税は二重課税ではないかという批判もある。
この点2017年に欧州議会がAIやロボット開発の論理的枠組みを議論した際、失業者再訓練の財源としてのロボット・タックスの提案を否決したことが注目される。
第2案は資産課税である。ロボットの資産価値を、その生み出す利益から換算して評価し課税するストック課税が提案されている。わが国の固定資産税では、償却資産を評価して課税しているが、それに類似した方法である。しかしここでも将来利益から逆算する方法は、前提とする利子率の恣意性などの批判がある。
所得課税や資産課税として税制を構築するには、課税要件、つまり納税義務者(租税債務者)、課税物件、課税物件の帰属、課税標準、税率の5つが明確に法定される必要がある。わけても、ロボットとは何かについて、所有者から独立した人格付与の有無の問題も含め、正確な定義が求められる。課税要件が不透明では不公平や租税回避の問題が生じる。例えば、事業用ロボットだけを対象とする場合、お掃除ロボットのような家庭用との区分をどうするのか、ロボットを用途により切り分けることは容易ではない。
第3案は、代替課税としてロボットを活用する企業の超過利潤への課税とするという考え方で、マークアップ税と呼ばれる手法である。ロボットやAIの導入により市場支配力が高まる結果発生する超過利潤に課税するという考え方で、ロボットの定義や評価の困難性の問題を避けた案といえよう。
企業の超過利益に課税するという考え方は、昨年秋OECDで基本合意されたデジタル課税(第一の柱)の考え方である。筆者は、『デジタル経済と税 AI時代の富をめぐる攻防』[iv]の中でこのようなアイデアを披露してきた。国際的な合意が必要となるので、OECDの場での議論が必要となる。
4,IMFペーパーと望ましい財政政策
IMFは2021年7月、「For the Benefit of All : Fiscal Policies and Equity-Efficiency Trade-offs in the Age of Automation.」というワーキングペーパーを公表した[v]。AIやロボットの普及による自動化の進展が経済成長と格差拡大というトレードオフをもたらしているという問題意識の下で、AIやロボットへの課税と組み合わせるべき公共政策について書かれている。
AIやロボットへの課税を資本・資本所得への増税ととらえ、それによる財源を、教育支出に振り向けたり、賃金に直接介入する場合などで効果を比較した計量モデル分析で、「財政当局者は、技術進歩の効果を維持しながら格差等の悪影響を軽減する財政政策を考えていくことが必要」という結論を導き出している。ちなみにロボット・タックスについては、税収がGDPの1%となるよう資本ストックに0.6%、資本所得に14.4%課税すると仮定して分析している。
IMFワーキングペーパーを筆者なりに要約すると、以下のとおりである。
公平性と効率性のトレードオフの問題は、AIやロボットの発達により加速している。AIやロボットの発達が牽引する包括的な成長は、保証されたものではなく、適切な財政政策の介入が必要である。中長期的な生産効率の向上を犠牲にしながらも、所得分配に与える悪影響を緩和するという、政治的、社会的選好を考慮した適度なバランスを追求する必要がある。
ロボットへの課税は、資本に対する課税であり、短期的には雇用に良い影響を与えるが、中長期的には雇用に悪影響を及ぼすなど弊害が大きい可能性があり、時間軸を置いた便益と費用を考慮する必要がある。超過利潤に対するマークアップ税は、超過利潤を抑えることによる経済効率の改善が期待される一方、技術進歩に与える弊害が緩和されることになれば、効率性の損失を抑えつつ不平等の縮小を達成できる。
としている。
さらに、「アフターコロナの時代には、AIやロボットの発達が加速し、政策の意義がより重要になる。政策立案者は、技術進歩がもたらす公平性と効率性のトレードオフの課題に取り組み、技術進歩の副作用に脆弱な人々を保護する政策パッケージを決定する必要があるが、本ペーパーの分析は洞察を与えるであろう。」と締めくくっている。
この分野の第一人者であるスイスの法学者グザヴィエ・オベルソン氏は、ロボット・タックスの必要性を説きつつ、一つ注意することがあるとして以下のように語っている。「将来、税を払わされたロボットが、支払いを拒否する可能性がある。さらには、人間に負担を押し付ける可能性も出てくるかもしれない[vi]」と。笑えないジョークだが、わが国でも、ロボット・タックスの提案を契機に、包括的な財政政策の議論が進むことを期待したい。
参考文献
泉絢也.AI・ロボット税の議論を始めよう ―「雇用を奪う AI・ロボット」から「野良 AI・ロボット」まで.千葉商大紀要.2021,59(1),p. 21-51.
Joao Guerreiro, Sergio Rebelo, Pedro Teles. Should Robots Be Taxed?. The Review of Economic Studies. 2022, 89(1), p. 279-311.
[i] “The robot that takes your job should pay taxes, says Bill Gates”. QUARTZ. 2017-2-18. https://qz.com/911968/bill-gates-the-robot-that-takes-your-job-should-pay-taxes/
[ii] Graetz, Georg; Michaels, Guy. Robots at Work. The Review of Economics and Statistics. 2018, 100(5), p. 753-768.
[iii] ”日本の労働人口の49%が~ 601人工知能やロボット等で代替可能に 種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算 ~”.野村総合研究所.2015-12-02.https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
[iv] 森信茂樹.“第10章AI時代の税制を考える 7ロボット・タックス”.デジタル経済と税 AI時代の富をめぐる攻防.日本経済新聞出版,2019.
[v] IMF. For the Benefit of All: Fiscal Policies and Equity-Efficiency Trade-offs in the Age of Automation.2021, Working Paper No. 2021/187.
[vi] “Taxing Robots: A solution for the future | Xavier Oberson | TEDxGeneva”. YouTube. 2018-06-16. https://www.youtube.com/watch?v=7P9o1WBnM3E
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