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出産育児一時金の引き上げを巡る論点
写真提供:Getty Images

出産育児一時金の引き上げを巡る論点

October 17, 2022

R-2022-060

政府・与党内から提唱される出産育児一時金の引き上げ
出産費用の実態
一律定額という給付体系の是非
財源の確保
出産費用を下げる方策
出産育児一時金は「社会支出」統計において「保健」に分類

政府・与党内から提唱される出産育児一時金の引き上げ

現行42万円の出産育児一時金の引き上げが政府・与党内から提唱されている。出産育児一時金は、健康保険組合や国民健康保険など医療保険の保険者から(すなわち給付主体は国でも市町村でもない)、被保険者またはその被扶養者(以下、被保険者)に対し、出産に要する経済的負担軽減を目的として給付されている。実際にかかった出産費用がそれを上回れば被保険者の持ち出しとなり、下回れば差額を現金で受け取ることが出来る。現在の総給付額は約4,000億円(2019年度)である。

20224月、自由民主党の出産費用等の負担軽減を進める議員連盟が40万円台半ばへの引き上げを提言した。同年6月、岸田文雄首相は記者会見において「少子化対策は喫緊の課題で私の判断で出産育児一時金を大幅に増額する」と表明している。それらを受け、20229月に開催された政府の全世代型社会保障構築会議でも、議題としてあげられており、後期高齢者(75歳以上)からも費用負担を求める意見も出ている。

家計の出産費用の負担軽減そのものは歓迎すべきであろう。わが国が1994年に批准した国連「子どもの権利条約」においても、子どもが命を守られ成長できる権利が明記されている。そのためには家計に任せ切りであってはならない。もっとも、今後の議論においては詰めるべき論点が少なくない。

出産費用の実態

そもそも出産費用の実態はどのようになっているのであろうか。20228月、厚生労働省の審議会において、出産費用の実態把握に関する調査結果が報告されている[1]。それによると、出産費用は公的病院の平均で45.2万円、私的病院を含む全施設の平均で46.7万円(2020年度)となっている。なお、室料差額等は除かれている。自民党議連が提言する40万円台半ばという水準はこうした実態と整合的といえる。

もっとも、これらの金額はあくまで全国平均であって、実際の出産費用はバラツキが大きいことが明らかになっている。同調査報告では、公的病院に限ってではあるが、都道府県別の出産費用の平均値が公表されており、最高の東京都55.3万円と最低水準の佐賀県35.2万円とでは約20万円の差が見られる(図表1)。

こうした都道府県別の金額もやはり平均値であって、各都道府県内においても差がみられ、実際、高額の自己負担が発生した次のような事例も報じられている。「東京都内の病院で2020年に次男を出産した30代の女性は、分娩や入院費用の請求書を見て驚いた。80万円を超え、自己負担額は40万円以上になった。女性はそもそも病院を選べる状況になかったという。妊娠が判明した当時、夫は単身赴任で、3歳だった長男と2人暮らし。自宅に近い病院しかなかった」(朝日新聞2022517日朝刊)。

一律定額という給付体系の是非

出産費用のバラツキを踏まえると、まず、現行の一律定額という給付体系の是非が論点となろう。現行の給付額は、実際の出産費用に関わらず一律42万円であり[2]、冒頭述べた通り、出産費用が42万円に満たない場合、被保険者は42万円と出産費用との差額を受け取ることができ、他方、42万円以上になると超過分は自らの負担となる(図表2)。果たして、これが最善の給付体系であるかは議論の余地があり、とりわけ、出産費用が本人の意思に反し高額となった場合に何らかの対処が検討されてよいであろう。

方法は少なくとも2つ考えられる。1つは、現在は健康保険法施行令で定められている給付額を各保険者の任意とすることである。特に組合健保・協会けんぽ・共済組合のいわゆる被用者保険においては、出産育児一時金の財源は健康保険料のみであるから、任意とすることは合理的である。各保険者は、被保険者の出産費用の実態や保険者の財政状態などを勘案し、独自に給付水準を決める。もう1つは、医療保険の給付体系の採用である。医療保険の給付体系であれば、医療費の3割の自己負担という原則はあるものの、高額療養費制度という仕組みが設けられていることにより自己負担が青天井で増えることはない。天井は所得や年齢で異なるため、一定の前提を置いて計算すると、医療費が28万円以上で自己負担は約8万円で頭打ちになる(図表2)。

仮に、出産育児一時金の給付体系を医療保険給付と同様にすれば、実際の費用が42万円を超える被保険者が全て持ち出しとなるといった事態は回避出来る。前掲の報道のように、自己負担額が40万円以上になるといったことはなくなる(ただし、実際の費用が42万円を下回る被保険者は、費用の3割の自己負担が発生し、差額を現金で受け取ることはできなくなる)。

財源の確保

次いで、財源の確保である。出産育児一時金は、前述のように被用者保険においては健康保険料で賄われている。ただし、市町村が保険者となっている国民健康保険に限っては健康保険料で賄われているのは給付費の3分の1のみであり、3分の2は市町村の一般会計から支出され、その分については地方交付税措置がなされている。前掲の通り、岸田首相は「私の判断で出産育児一時金を大幅に増額する」と言っているものの、首相に出産育児一時金を増額するために各保険者の健康保険料率を引き上げる権限はそもそもない。料率は被保険者および事業主の判断で決められるものである。

首相の判断で増額を目指すのであれば、健康保険料率の引き上げではなく、国の一般会計の歳出に増額分を各保険者への補助金として計上するのが筋である。その際、赤字国債発行によってこれから生まれてくる子どもに出産費用負担を求めるのでは本末転倒となる。よって、一般会計における既存歳出のカット、あるいは、単なる経済成長頼みではない税制改正を伴う税収増によってそれが賄われなければならない。岸田首相の判断の背後には、こうした心づもりがあるはずである。

もっとも、直近では2022107日に閣議決定された感染症改正法案に見られるように、社会保険料があたかも国にとっての「第二の財布」であるかのように使われてきた歴史を振り返ると、今後の議論においてこうした筋論が俎上に載るかは不透明である。感染症改正法案は、感染症に対応した医療機関が減収となった場合、その補填に一般会計の歳出のみならず本来は診療行為の対価である健康保険料を充てる仕組みが盛り込まれている。一般会計の歳出を抑えるための、いわば社会保険料の目的外流用といえる。

出産費用を下げる方策

さらに、そもそも出産費用を下げる方策の追求が必要である。前掲の厚労省の調査報告では、出産費用と出産年齢が正の相関を持つことなども併せ示されている。そうであるならば、女性が出産・育児によってキャリアの中断を迫られない就業環境の一段の整備に目を向けることが不可欠である。出産・育児によってキャリアが中断されてしまうとなれば、出産年齢を遅らせる、あるいは、出産そのものを諦めるということになりかねない。出産年齢の上昇に追随した出産育児一時金の引き上げよりも、子どもを産みたいときに産める社会へと制度や仕組みを変革し、それが出産費用の低下につながる方が明らかに好ましい。

出産育児一時金は「社会支出」統計において「保健」に分類

ちなみに、出産育児一時金は、OECD(経済協力開発機構)が公表している「社会支出(Social expenditure)」統計において「家族(family)」ではなく正常分娩費として「保健(health)」に分類されている。「家族」は、保育所や児童手当など全て子どもにかかわることから、しばしば「子育て関連支出」と言い換えられ、その引き上げが政策目標とされる。例えば、自民党内の勉強会は次のように具体的な目標値を掲げている[3]。「子育て関連支出の対GDP(国内総生産)比を2040年の見通しである1.7%から倍増し、欧州並みの3%台半ばまで引上げる」。もっとも、出産育児一時金を引き上げても「家族」支出すなわち子育て関連支出は増えない。この点は留意しておく必要があろう。

以上の本稿の提言は、出産育児一時金に限らず、他の社会保障分野にも通ずる。提言を改めてまとめれば次の通りである。(1)一律定額の給付体系ではなく真に必要とする人に十分な保障を提供する、(2)税制改正に向き合い税収増を図る。それが社会保険料の目的外流用を食い止めることにもなる、(3)社会保障への依存を抑制すべく社会のあり方を変革する。

今後、出産育児一時金に関する議論が深まり、その知見が他の社会保障分野へと波及していくことが期待される。それは決して42万円からの引き上げ幅に関する政府と保険者との間の攻防に終始するような矮小な議論となってはならない。

参考文献

西沢和彦(2021)「子育て関連支出をベンチマークとした政策目標設定の留意点」東京財団政策研究所Review 

 

[1]厚生労働省第152回社会保障審議会医療保険部会(2022年8月19日)「出産費用の実態把握に関する調査研究(令和3年度)」
[2] 出産育児一時金の金額は、健康保険法施行令第36条1項に408千円と定められている。ここに産科医療補償制度の掛金12千円を加え、42万円となる。
[3] Children Firstの子ども行政のあり方勉強会「こども庁創設に向けた第二次提言」2021528日)。

    • 日本総合研究所理事
    • 西沢 和彦
    • 西沢 和彦

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