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「新しい資本主義」とブレア「第3の道」-連載コラム「税の交差点」第92回 求職者支援制度の抜本改革と勤労税額控除の導入で人的資本の向上を
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「新しい資本主義」とブレア「第3の道」 求職者支援制度の抜本改革と勤労税額控除の導入で人的資本の向上を-連載コラム「税の交差点」第92回

November 29, 2021

R-2021-011

岸田総理は、自らの政策運営の基本理念として「新しい資本主義」を掲げた。これまでの新自由主義経済政策からの転換、成長より分配重視などがその内容とされている。大きな理念を掲げて政策を組み立てていくという姿勢については、賛同できるが、問題はその具体的政策の内容だ。1119日に打ち出した経済対策は、規模ありきの従来型手法によるもので、目新しさは感じられない。

筆者が「新しい資本主義」で思い浮かべるのは、サッチャー・メイジャー保守党政権にとって代わり、国民から絶大な評価を獲得した英国ブレア首相の「第3の道」だ。新自由主義からの転換を図り人的資本の向上を急務とするなど置かれた状況は酷似しており、参考にすべき点が多い。 

1. ブレア首相の「第三の道」
2. 労働インセンティブの供与と職業訓練による人的資本の向上
3. 急増するギグエコノミー、ギグワーカーへの対応も
4. 求職者支援制度の抜本的改革
5. 勤労税額控除の導入
6. 高市早苗政調会長の提言

1. ブレア首相の「第三の道」

1979年に発足した保守党サッチャー政権は、規制緩和、小さな政府を掲げて、沈滞していた英国経済・社会を見違えるほど再生させた。「社会など存在しない。あるのは個人と家族だけ」という自己責任論を掲げ、金融ビッグバンを推し進め、福祉や教育資金を削減し、通貨(ポンド)を強くして産業界をしごくなどの新自由主義政策を推し進めていった。

しかし1980年代の終わりごろからは、医療は崩壊寸前になり、教育界から人材が逃げ出し、産業競争力も弱体化し、失業者も増加するなど、新自由主義政策のほころびが目立ち始めてきた。

サッチャー・メイジャーによる218年に及ぶ保守党政権の新自由主義的な政策の影の部分として、格差や貧困、社会的排除などの問題を生み出し、国民の不満が大きく高まっていた1997年に誕生したのが、若くて聡明なブレア首相率いる労働党政権である。

自らを「ニュー・レイバー」と名乗り、サッチャーの新自由主義でもなく、かつての労働党の大きな政府、社会保障肥大化政策でもない、「第3の道」を掲げて新政策を実行に移していった。以前の労働党が、企業の国有化、セーフティネットの大幅な拡充などの「大きな政府」を目指した結果、産業のすみずみまでに非効率がはびこり、経済・社会が疲弊したという反省を踏まえての方向転換である。

就任直前の労働党大会で、「私にやりたいことは3つある。それは、教育、教育、教育だ。」という有名なフレーズに象徴されるように、教育や医療を中心とした公共サービスについて、市場原理に基づく経済効率を前提としつつ政府の役割の重視・拡大を図る新たな手法は、「アングロ・ソーシャル・モデル」と呼ばれ、大きな効果を上げ、ブレア首相の強固な支持につながった。

この英国の状況は、今日岸田政権が新自由主義からの転換をうたい、かつての民主党政権とは一線を画す「新たな資本主義」を目指す状況と酷似している。「アングロ・ソーシャル・モデル」は、ポストコロナの時代にもふさわしいもので、「新たな資本主義」のヒントがあるのではなかろうか。

2. 労働インセンティブの供与と職業訓練による人的資本の向上

「第3の道」の最大の特色は、勤労者の人的資本の向上を図る労働政策にある。これまでの労働党の丸抱え福祉政策を改め、市場原理の下で雇用を流動化しつつ、人々の労働インセンティブをうまく引き出し、職業訓練などの勤労者の「教育」を組み合わせ、人的資本の向上を図りながら「勤労を通じて豊かになるワークフェア」で国力を高めていくという政策(「ウェルフェア」から「ワークフェア」へ、積極的労働政策)を推進していった。

これまでの「こぼれ落ちる人を丸抱えするセーフティネットを張り巡らせる政策」から、こぼれ落ちた人を支援・再教育し、再び労働市場に送り出すための支援は「トランポリン」政策と称された。

背景にある思想は「人々が市場の圧力によってなすがままにされるのではなく、市場の中で自立的に活動できる人間を育成することである。老後の生活は勤労を通じて自助努力により支えていく」というもので、ワークフェアと呼ばれ、「社会的排除」から「社会的包摂」への転換を目指すものでもあった。「働くことによって貧困から脱出する」という基本的な発想は、他国にも波及し、当時の米国クリントン大統領の政策にも大きな影響を及ぼした。

積極的労働政策と呼ばれる政策パッケージ「福祉から就労へプログラム」は、

  • 求職者手当を受ける際の職業訓練(能力開発)・求職活動の条件化
  • 賃金を魅力的にする政策(Make Work Pay)としての勤労税額控除(給付付き税額控除)と最低賃金制の導入

2つからなる。つまり、「職業訓練(能力開発)の改革」と「労働インセンティブの向上」のセットである。

わが国では、30年間横ばいである賃金の底上げが重要な課題となっている。そのためには労働生産性の向上が不可欠で、労働者の流動化を進めつつ、職業訓練・能力開発と所得補償を組み合わせ、人的資本の向上を図り持続的な賃金上昇につなげていくことが重要だ。

3. 急増するギグエコノミー、ギグワーカーへの対応も

今日のわが国のIT発達社会や働き方改革の中で新たに生じている課題として、ギグエコノミーへの対応、単発の契約に基づき労務を提供するギグワーカーや働き方改革で増加するフリーランスのセーフティネットを、どう構築していくかということが挙げられる。

岸田政権の「新たな成長戦略実行計画に向けた今後の進め方のたたき台」を見ると、フリーランスなど雇用に頼らない働き方の環境整備として取り上げられているが、フリーランスやギグワーカー全体へのセーフティネットの構築という観点での検討が必要だ。

例えば、ウーバーイーツというプラットフォームで働く配達人(ギグワーカー・個人事業者)は、事業や事務所に使用され賃金を支払われる「労働者」(被用者)ではなく個人事業者で、自己責任型のセーフティネットとなっている。

したがって、業務上の病気・ケガの場合、被用者には事業主が全額負担する労災保険による医療給付や休業補償があるが、個人事業者には(一人親方で特別加入している場合を除き)労災保険は適用されない。

被用者が失業すれば、事業主・労働者折半の雇用保険から所得保障があるが、個人事業者には「休業」という概念はない。

一方その労働の実態は、指揮監督の下で従属的なものも多く「労働者」(被用者)との区分が難しい。ギグエコノミーの拡大は、既存の法律や制度、とりわけ税制や社会保障制度とミスマッチを起こし、既存の社会保障から抜け落ちるギグワーカーを増加させた。

雇用形態別・縦割り、正規・非正規、被用者か自営業者かで大きく異なるわが国の社会保障制度を、相違がなくなってきている働き方の実態にあわせて、「中立な制度」に変えて、社会的包摂を広げていくことが必要ではないか。

その際には、デジタルの活用、具体的にはマイナンバー制度・マイナポータルの活用がカギを握る。「デジタルセーフティネット」として、プラットフォーマーからフリーランスやギグワーカーの収入情報をポータルに入れさせる仕組みを構築し、その情報を、公的な給付に活用するような仕組みを作ることだ(税の交差点第79回を参照)。場当たり的な一回限りの給付を選挙のたびに繰り返す愚策をやめ、継続的な制度にすることが人々の安心につながる。

4. 求職者支援制度の抜本的改革

重要なポイントは、現行の求職者支援制度を抜本的に改革し人的資本形成の中心的な政策に変えることだ。

求職者支援制度とは、雇用保険を受給できない求職者が、月額10万円の生活支援の給付金を受給しながら無料の職業訓練を受講し、再就職や転職を目指す制度である。「雇用保険」(第1のセーフティネット)と「生活保護」(第3のセーフティネット)の間をつなぐ「第2のセーフティネット」として、離職して収入がない者を主な対象としている。収入が一定額以下の場合は、在職中に給付金を受給しながら、訓練を受講できる(厚生労働省「求職者支援制度のご案内」参照)。

具体的には、雇用保険の適用がなかった者、加入期間が足りず雇用保険の給付を受けられなかった者、雇用保険の受給が終了した者、学卒未就職者や自営廃業者等雇用保険を受給できない求職者に対し、無料の職業訓練を実施し、本人収入、世帯収入及び資産要件等一定の支給要件を満たす場合は給付金を支給するとともに、ハローワークが中心となってきめ細やかな就職支援を実施する制度である。
経緯をたどると、リーマンショックを契機に派遣村が注目を集める中、失業給付受給期間経過者や受給無資格者等失業手当を受けられない人たちへの対策として20094月に「緊急人材育成・就職支援基金」(一般会計、訓練・生活支援給付)が創設された。第1のセーフティネットである雇用保険と第3のセーフティネットである生活保護の間を支援し、職業訓練と生活支援をリンクさせたもので、「第2のセーフティネット」とも称された。これを発展させたのが現行の求職者支援制度である。

しかし現行制度に対しては、参加要件や収入要件が厳しいなどの批判があり、活用は極めて限定的である。これを抜本的に改め、自らスキルアップをしたいと希望する勤労者・自営業者に広げ、訓練中の所得補償は勤労税額控除により賄うという、英国「第3の道」をモデルとした政策に変えていく必要がある。

5. 勤労税額控除の導入

ブレア政権は、最低賃金でもフルタイムで働けば貧困ライン(所得の中央値の半分未満)を抜け出せるように、低所得時には差額を給付する制度である勤労税額控除(給付付き税額控除)を構築した。職業訓練を受けて就労チャンスを拡大させる人への支援策とセットで構築し、所得補償の下で安心して人的資本の向上を図れるようにしたのである。

この制度の構築のためには、国が所得・収入をタイムリーに把握し、給付につなげるシステムが必要となる。折しもわが国では、デジタルガバメント・マイナンバー制度の構築により、「デジタルセーフティネット」に向けた議論が始まっている。以下の報告書を参照。

「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善に向けて」(2020年1211日)

勤労税額控除の思想の原点は、米国経済学者フリードマンの提唱した「負の所得税」という考え方で、所得がある時には税金をしっかり納めてもらうが、何かのリスクで稼ぎが減った時には納めた税金を返す、という考え方である。国と国民(納税者)がリスクを共有すると考えればわかりやすい。

6. 高市早苗政調会長の提言

わが国では、自民党の高市政調会長が、著書『美しく、強く、成長する国へ。』(WAC BUNKO)の中で勤労税額控除のわが国への導入について、以下のように述べているので引用したい。

7章 分厚い中間層を再構築する税制―安心と成長のための改革を
私は、「格差の是正」を目指す場合にも、「勤労インセンティブを促す」税制にすることが必要だと考える。低所得の方に対しては、勤労税額控除である「給付付き税額控除」を導入して支援したい。一定額を下回る所得層に対して還付金を給付するもので、税制を社会保障に活用するので、行政コストも安く済む。
「給付付き税額控除」が最初に議論されたのは麻生内閣の時だったが、当時は正確な所得の把握が課題だった。2016年に導入されたマイナンバー制度により、正確な所得把握の条件は整っているし、銀行口座情報をマイナンバーに紐づけることによって迅速な給付が可能だ。

 「新しい資本主義」は、もう一つコンセプトがはっきりしない。「第3の道」をモデルに、ギグワーカー・フリーランスが安心して働けるセーフティネットを導入することが、「新しい資本主義」の柱になるべきだと考える。

※本Reviewの英語版はこちら

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