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税と社会保障の一体化を考える ― 給付つき税額控除制度の税制における意義と具体的提案―

November 15, 2007

  • 本提言を主題にした公開研究会を開催しました。詳細は こちらから
東京財団 研究員 森信茂樹

1.所得控除と税額控除の区別

所得税は、担税力という概念を下に構築されており、担税力が低下するような一定の事情があるときには、所得税の負担を調整することになるが、その場合の方法として、所得から一定額を控除する所得控除制度と、納税者の税額そのものを差し引く税額制度の2つがある。これまでの先進各国の所得税制は、もっぱら所得控除という方法で負担の調整が行われてきた。基本的な人的控除である基礎控除、配偶者控除、扶養控除等の所得控除制度は、所得税制発展の歴史でもある。他方で税額控除制度は、国際的二重課税を調整する外国税額控除制度を除くと、産業政策等の租税特別措置として導入されていることが多く、政策税制的な意味合いの強い制度として発展してきた 。
わが国所得税においては、昭和初期には、扶養控除について税額控除方式が導入されていたが、昭和25年のシャウプ勧告により、扶養児童に対する配慮は、税額控除方式より所得控除方式が望ましいとされ、税額控除から所得控除への流れが見受けられる。その後、戦後の復興を優先する中でシャウプ税制が変質していく過程で、さまざまな所得・税額控除制度が導入されたが、高度成長を終え安定成長に入って以降は、公平・中立・簡素の租税3原則、とりわけ中立性を害するとして、所得・税額控除は全体として縮小されてきた。
このように見てくると、所得税における所得控除と税額控除のすみわけは、時々の経済社会情勢に応じて必要な税負担額の調整は、担税力の減殺という理屈になじみやすい所得控除で行い、産業政策を中心とする政策税制に対しては、補助金的性格を持つ税額控除を活用してきたと区別することが(おそらく先進諸国を含め)可能であろう。

2.所得控除の見直し―課税ベースを広くして税率を引き下げる税制改革

現実の先進諸国の税制においては、かずかずの政策的配慮(年金、住宅投資等)から所得控除の導入・拡充を余儀なくされてきた結果、所得税の課税ベースが大幅に縮小し、税収確保の問題に加えて、公平性の問題も生じ、所得税の機能が阻害されるという事態を招くことになった。例えばわが国の場合には、社会保険料控除や公的年金等控除等の社会保障関係控除や給与所得控等が肥大化して、個人所得に占める課税所得(課税ベース)の比率は27%(1997年)と狭いものになっており 、このことが所得税負担の歪みを生じさせてきた。
このような状況に対する反省から、課税ベースを拡大することにより、本来の所得税の機能を回復することに力点を置いた考え方が出現し、所得税の最高税率・限界税率を軽減して勤労意欲の増大を図ろうというサプライサイド減税の思想と結びついた結果、1986年のレーガン税制改革に代表される、「課税ベースを拡大し税率を引き下げる」という世界的な税制改革につながっていったのである。

3.税額控除の活用―所得格差への対応

このような考え方の税制改革は公平・中立・簡素の流れに沿ったもので、大きな成果を上げ世界各国の税制改革に伝播して行くが、一方で、低所得者の格差問題というあらたな課題を生じさせてきた。所得控除を拡大することは、あらゆる所得階層の税負担を重くするが、中高所得者は税率の引き下げという恩恵を受けるのに対して、そのような恩恵の少ない低所得者層との所得格差がより拡大し、社会全体の累進度合いが低下するという問題に直面したのである。
このような状況の中で、課税ベースの拡大を進めていく中で、所得控除を税額控除に代替させるという方法がとられ始めた。代表例はオランダで、所得控除を極限まで縮小し、その結果生じる低所得層の負担増を税額控除で緩和するという考え方である。
この考え方を前面に打ち出したのが、2005年の米国大統領税制改革諮問委員会報告書で、基礎的な控除としての人的控除や概算控除を税額控除に変え、後述する勤労税額控除と整合性をとること、現在所得除制度となっている住宅ローン利子控除を税額控除化することを打ち出している。背景には、限られた財源の中で所得再分配機能を強化し、社会全体の累進度を引き上げようという考え方がある。
わが国においても、最近の経済社会状況の変化の中で、税額控除制度の再評価を行う動きも見られる。平成14年6月の政府税制調査会答申「あるべき税制の構築に向けた基本方針」は、人的控除の基本構造の更なる見直しとして、「児童の扶養について税額控除を設ける」こと等3つの案を提示しており、今後少子化対策税制として税額控除制度の活用が議論され始めている。

4.消費税逆進性対策としての税額控除

このような流れは、カナダにおいては、消費税率の引き上げによる逆進性の緩和策として給付つきの税額控除制度の導入へとつながっていく。
一般的に消費税率の引き上げに伴う逆進性対策としては、軽減税率が代表的であるが、軽減税率の導入は事業者・税務当局双方に多大のコストがかかる。そこで、カナダでは、低所得者に対して、必要最小限の消費支出にかかる消費税相当額の(所得税)税額控除ないしは給付を認めるGST控除制度により対応を図っている。つまり、最小限の消費支出にかかる消費税額相当分が納税額を超える場合には給付することにより、消費税率引き上げの逆進性を緩和するのである。

5.税と社会保障の一体化

もう一つの流れは、税額控除制度が、あらたな政治思想に基づき、税制と社会保障制度を統合する手段として開発されてきたことである。その代表例が、勤労所得の増加に応じて税額控除を与え、自ら負担する税額から控除し切れない額は還付(給付)する、勤労税額控除制度(Earned Income Tax Credit 以下EITC)である。
制度そのものは、貧困対策として、公的扶助政策や最低賃金制度を補完する観点から、ニクソン政権時代に導入された。しかし、その制度に新たな意味合いを持たせたのは、1993年に誕生したクリントン政権、1997年に誕生した英国ブレア政権で、非効率な公共部門の肥大化、福祉国家への依存、経済成長の鈍化等の中で、行き詰った福祉国家を打破する新たな政策として提唱された。

これまでのセフティーネットを重視する政策が社会保障の肥大化、大きな政府を招き社会保障への依存というモラルハザードを招き社会の沈滞化につながったという反省から、市場メカニズムを前提として政府の役割を強化し個人のインセンティブを引出し、生活能力を高めるという考え方(ワークフェア)にシフトしていく中で、サプライサイドの成長型税制として、労働による稼得行為と給付や減税を直接リンクさせ労働インセンティブを高める給付つき税額控除の活用が行われていったのである 。

6.再評価される税額控除

以上の流れを整理すると次の通りである。各種の所得控除を整理し課税ベースを拡大しつつ所得税率を引き下げる税制改革は、1980年代の先進各国の税制改革の主流であった。しかし、改革の結果生じてきた社会全体の累進度合いの低下への対応として、税額控除制度を再評価し活用するという租税政策が見直されてきた。経済のグローバル化等を背景にした世界規模での所得格差の広がり、ワーキングプア問題の深刻化等の社会情勢の中で、社会全体の累進度合を引き上げることの必要性が認識されてきたのである。また、消費税の逆進性対策という観点からも、税額控除の活用が行われたことは興味深い。
そしてこのような租税政策が、社会保障給付と結びつき、双方を一体的に考える給付つき税額控除制度として、これまでのセフティーネット型社会保障にかわるインセンティブ税制として活用され、米国、英国、フランス、オランダ等に広まっていったということである。
このような流れをわが国のコンテキストで考えてみよう。今後わが国でも、年金保険料や消費税負担の増加は避けられず、その際に社会全体の逆進性という問題にどう対応するかということが大きな問題となる。そもそもわが国の社会保障は先進諸国と比べて社会保険に偏っており、年金保険料の負担構造が逆進的になっていることから、1990年代後半の所得税累進構造の緩和以降、社会全体の累進度は一貫して低下してきた。また今日、非正規雇用の若年層を中心とした格差問題が大きな問題となっている。
このような中で、セフティーネットをむやみに拡大させることは、かつての英国をはじめとした欧州諸国のモラルハザード(勤労インセンティブの喪失)を招き大きな政府・非効率な公共サービスにつながる。そこで、英国等の例を先取りして、社会の累進度を上げつつ勤労意欲を向上させるという改革につなげていかなければならない。
このような点に、給付つきの勤労税額控除のわが国への導入について検討する大きな意義が見出せる。
以上の考えを踏まえ、今後の検討の進め方を具体的に提言したい。

7. まず児童税額控除の創設から

給付と減税をつなげるには、まず「所得控除を税額控除に」改める必要がある。次に、勤労インセンティブのための勤労税額控除と、子育て支援のための児童税額控除の設計を考えることになるが、わが国の現状に即すと、児童税額控除を先行させることが現実的である。以下、その具体案である。
所得控除から税額控除を進めるため、女性の労働に中立的でないと批判の多い配偶者控除を、現行の38万円から28万円に10万円削減する。その結果得られる2,000億円程度の財源を使い、15歳以下の扶養親族をもつ納税者に、その人数に応じた税額控除を与える。ただし、モデル世帯(夫婦・子2人)の平均所得である年収700万円以下の納税者に限定する。700万円以下の納税者に扶養されている15歳以下の扶養者は約1,000万人程度なので、扶養者一人当たりの税額控除額は2万円となる。この結果、給与収入700万円の納税者の負担は、配偶者控除の削減により1万円増加する(10万円×限界税率10%)が、子供が2人いるので4万円(2万円×2人)の税額控除が受けられ、差し引き3万円の減税になる。
この段階では給付は行わないので、低所得者の減税効果は納税額に限定される。しかし、低所得者ほど減税効果が大きくなり所得再分配機能は強化され、子供の多い家庭には経済援助を通じた少子化対策となる。また、配偶者控除の削減は、女性労働への非中立性の問題の縮小につながる。他方で、700万円超の納税者や子供のいない専業主婦家庭は税負担の増加となるので、反対の声が出るが、税収中立で考えるので致し方ないところである。
第2ステップとして、所得控除をさらに縮小しつつ控除額を拡充する。あわせて、減税の恩恵を受けない人達に給付を行う。その際には、児童手当(現行月5,000円、1万円)や児童扶養手当との整合性を考える必要性が出くるので、一体的設計に向けての具体的な検討が必要となる。さらには、給与所得控除を縮小し勤労税額控除に変えていくことが課題となる。
直間比率の見直しや逆進的な負担構造を持つ年金保険料の拡大で、社会全体の累進度は一貫して低下してきた。今後年金保険料や消費税の負担増が避けられない中で、逆進性問題への対応はますます重要な課題となる。他方で、非正規雇用の若年層を中心とした格差の拡大が大きな問題となっているが、セフティーネットをむやみに拡大させて対応することは、モラルハザード(勤労インセンティブの喪失)を引き起こし大きな政府・非効率な公共サービスにつながりかねない。成長志向の租税政策として、勤労意欲を向上させ低所得者の所得を増やしつつ子育て支援にもつながる税制と社会保障政策の一体的設計は有効である。

以上

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