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石破首相の警告とイソップ童話 —連載コラム「税の交差点」第131回
画像提供:Getty Images

石破首相の警告とイソップ童話 —連載コラム「税の交差点」第131回

June 6, 2025

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税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム

令和74月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。

小黒一正(法政大学経済学部教授)、佐藤主光(一橋大学国際・公共政策研究部教授)、高橋俊之(日本総合研究所特任研究員)、土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)、山田久(法政大学教授)、森信茂樹(東京財団研究主幹)、岡直樹(東京財団主任研究員)

首相が危機感を示すことが問題か

石破首相は5月19日の参議院予算委員会で、国民民主党の浜野喜史議員の質問に対し、「日本の財政状況はギリシャよりも悪い」との認識を示し、「財源を示すことなく国債発行で減税するという考え方は賛同しかねる」と答弁した。

この国会論戦に関して国民民主党の玉木代表は「日本国の首相が、自国の国債市場に影響を与えるような発言を平気でするのは信じられない」と翌日の記者会見で批判した。

また、産経新聞は5月22日付の阿比留瑠比記者のコラムで、玉木発言を受け、「その通りで、首相が日本の財政状況に懸念を持っているとしても、それを公の場でストレートに述べる必要はない。国の責任者がわざわざ『財政はよくない』と発信すれば、対外的に投資は控えた方がいいというようなものである。」と石破首相発言を非難した。

玉木代表や産経新聞の批判は、一国の首相がわが国の財政状況の深刻さを語ることは「自国の国債市場に影響を与え」るので、「対外的に投資は控えた方がいいということになる」という論理である。

しかし、質問者である国民民主党の浜野議員は「財源なき消費税減税」を主張している。そのよって立つ理論(?)は、「政府は財源に制約されることは一切なく、財政支出を拡大し、貨幣を供給することができる。自国通貨を発行する政府の財政支出に財源の制約はないということです。インフレへの留意が必要であるが。」といういわゆる現代貨幣理論(MMT論)で、今や米国でも主張する経済学者はまれと言われている。

石破首相の反論は、「財源なき消費税減税がわが国の財政事情をより悪化させ、国債市場に悪影響を及ぼす」という内容である。その反論が国債市場に悪影響を与えることになる(玉木代表)と批判するのは、自らがマッチで火をつけてポンプを使って消化するマッチポンプの言いがかりのようにも聞こえる。

石破首相は、「インフレへの懸念がない限り財政支出を拡大しても問題がない」という考え方に基づく“財源なき消費税減税論”に、「これ以上の財政悪化は金利の急騰、ひいてはインフレにつながる」と危機感を持って反論し、その中で「ギリシャ並みの財政危機」という表現をしたまでのことだろう。

石破首相が“ギリシャ”を持ち出したのがおかしいという批判もある。これは筆者の考えだが、石破首相が“ギリシャ”を持ち出したのは、日本国民が持つ財政破綻のイメージが、かつてテレビで繰り返し放映されたギリシャ国民の引き起こした暴動にあるからではないか。当時のギリシャの財政状況が日本の現状にどこまで類似しているかどうかという問題ではなく、財源なく消費税減税5%への引き下げ(15兆円の財源が必要)を主張することへの健全な危機感を述べたものだ。

ストックベースの債務残高GDP比で比べると、危機発生時のギリシャは128%で、現在のわが国は同240%だから、数字を見る限り的外れな指摘ではない。

国債市場からの警鐘

わが国の国債市場は、これまでにない緊張感に包まれている。日本銀行が金融正常化を進め、国債買入れ額を減額し、生命保険会社など国内の機関投資家や銀行が超長期の国債購入を控える中、海外の投資家からは財政の不確実性分のプレミアムとして金利の上乗せを求められている。30年物日本国債の利回りは2004年以来の高値を記録した。

背景には、米国をはじめ世界的に財政拡大による金利の上昇が進む中、わが国でも消費税減税を巡る議論が財政リスクの拡大という影響を及ぼしていることが挙げられる。この状況で数兆円規模の国債の追加発行となると、国債価格はさらに下落し、金利は上昇、株安や通貨安に波及する。英国で起きたいわゆる“トラスショック”が生じかねない。

急速な金利の上昇は、民間企業の資金調達コストを引上げ、住宅ローン金利の上昇につながっていく。さらなるインフレは、その悪影響が経済的弱者に集中し、経済社会の分断を加速する。“財政破綻”が直ちに生じるとは思えないが、怖いのは“破綻”の前に生じる金利の急騰とインフレの加速化だ。

MMT論者は、「通貨発行権がある限りいくら国債を発行しても大丈夫」というが、財政状況が悪化し金利上昇(価格の下落)が見込まれる国債を買う投資家が「いくらでもいる」とは考え難い。国民民主党のよって立つ理論(?)がいかに空想的か、現実の市場の動向を見れば一目瞭然だ。(連載コラム「税の交差点」第64回:遅れてきたケインズ主義「現代貨幣理論(MMT)」は、米国で実験すべきだ財政を巡る「新しい見解」と「旧い見解」――MMTの問題点-連載コラム「税の交差点」第93参照)

この問題を考えるにあたって、ブラジルの実例が参考になる。渡辺努・東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)によると、1970年代のブラジルは、中央銀行の貨幣増発による高インフレに悩まされてきた。そこで、1980年の改革でインフレ対策として金利を引き上げる政策へと転換した。しかし、インフレは収まるどころか加速することとなった。なぜなら、金利引き上げに伴う政府の利払い費が増加し、これが財政を悪化させ貨幣の魅力の低下によるインフレが発生したからだという。

日本の政治家の多くは、マーケットに関心が薄い。米国では財務長官もトランプ大統領もビジネスマンの経歴を有し、金利や市場の恐さを身をもって体験している。大幅な減税で金融市場が反応した時にはもう手遅れで、わが国の財政が抱えるリスクをきちんと認識する必要がある。

一国の首相に必要なのは、適度な危機感に基づいた、安易な財政政策への警鐘を鳴らす姿勢であり、仮にそのような視点が欠けているとしたら、野党側に問題があると言わざるを得ない。

 イソップ童話「オオカミ少年」と金融正常化 —連載コラム「税の交差点」第115で述べたが、古代ギリシャの出身といわれているイソップの寓話「オオカミ少年」の結末は、オオカミが来て、油断しきっていた村人が飼っていた羊はすべて食べられてしまう。「警鐘を鳴らし油断を戒める」ことは、古代から今日まで共通した重要な教訓だ。

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