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アベノミクス税制改正を吟味する

January 28, 2013

東京財団上席研究員
森信 茂樹

1、全体的評価―分配面への配慮は評価

平成25年度(2013年度)税制改正の内容を一見すると、経済再生を掲げるアベノミクスを税制面から支援する租税特別措置のオンパレードという印象を受ける。しかしじっくり眺めると、所得税・相続税の負担増を3党合意にそって誠実に実行しており、所得・消費・資産のバランスを取る抜本的税制改正の理念を体現した改正も行われている。

つまり、国民全員に負担増となる消費税率の引き上げの際には、所得・資産について余裕のある者に負担増を求めるという考え方で、所得再分配を強化する改正内容となっている。わが国最大の課題の一つが、格差・貧困問題への対応であることを念頭に置くと、「所得再分配がきちんと行われ格差の少ない国ほど経済成長率が高い」とIMFなどの実証研究成果がある中で、この方向は正しいといえよう。

その意味で、13年度改正は、アベノミクスに基づく経済成長一本やりの税制改正ではなく、所得再分配への目配りも行うというバランスの良い改正と評価できる。もっとも、これは野田民主党政権の置き土産ともいえる。

2、評価すべき証券優遇税制の廃止と金融所得一体課税

所得再分配という観点からは、いわゆる証券優遇税制の廃止だ。わが国では03年以降、上場株式についての配当と株式譲渡益に10%の優遇税率を課しており、3回ほど延長されてきた。今回これを14年から本則の20%に戻すことを決定した。

財務省の「申告納税者の所得税負担率(08年度)」で、わが国の所得階層ごとの負担割合を見ると、所得1億円までは増加するが、1億円を超えると負担割合は逓減していく。この要因は、株式譲渡益や配当については分離課税の下で10%という優遇された税率で課税されていることである。

これに対して、合算して累進税率を課す総合課税を行うべきだという議論も民主党時代にはあったが、グローバルな資金移動のもとでは、金融所得に対しては分離して定率で課税することが世界の主流となっている。そこで、課税方式は変えないままでで、優遇税率を見直し本則の20%に戻したこと、併せて金融所得間の損益通算の範囲を拡大したことは、わが国の個人金融資産1500兆円の活用という観点からも評価できる。

公共債などの利子所得を金融所得一体課税し、株式譲渡損失と損益通算できるようにしたことは、投資家の利便性の向上だけでなく、リスクテイク能力を高める効果もある。今後は定期預金の利子所得などを一体的に課税する方向で進めていく必要がある。

また、小額の投資を優遇する日本版ISAの導入が決定されたが、今後はこれをより恒久的な税制優遇付きの個人年金非課税制度(日本版IRA)に進化させていくことが必要だ。この点について、東京財団2012年3月政策提言 「「社会保障・税一体改革~身の丈に合った社会保障の充実を求めて~」 で日本版IRAの具体案を提言しているので参照いただきたい。いずれにしても、個人がリスクを取る環境が整いつつあるといってもよい。

3、アベノミクス減税には問題もある

デフレ脱却の必要性は高くあらゆる政策を総動員することは賛成であるが、アベノミクス減税には、税制として疑問の残るものも見受けられる。消費税率負担増を緩和するための新規住宅取得へのローン控除の拡充、自動車購入者への自動車取得税などの負担軽減策、教育資金の子や孫への移転促進、人件費増加や雇用者増加企業への減税など、税の理屈である公平性や執行の問題、さらにその経済効果をきちんと検証したうえでの改正なのか、疑問の残る点がある。人件費増加企業への法人税減税などは、きちんと事後的な効果の検証が必要だ。

筆者が気になるのは、住宅取得者への現金給付が予定されている(税制改正大綱では、「給付措置を講じ」と記されている)ことである。住宅ローン控除は税額控除なので、所得の比較的少ない人には控除の枠が余ることになる。それを現金給付するというのが今回の改正である。これは、逆進性対策として民主党が主張してきた「給付付き税額控除」と極めて似た制度で、「意図せざる給付付き控除の導入」ともいえる。(給付付き税額控除については、東京財団のプロジェクトで2010年8月政策提言 「給付付き税額控除 具体案の提言~バラマキではない「強い社会保障」実現に向けて~」 を公表)

民主党は、所得の捕捉を確実にする番号(マイナンバー)とセットでの導入としていたのだが、自民党ではその点は無視されており、とにかく消費税負担増分を返すことを最優先している。所得税減税、住民税減税、現金給付という3層構造なのだが、これらが番号なくして適切に執行できるのだろうか。
(番号制度については、東京財団のプロジェクトで2009年6月政策提言 「納税者の立場からの納税者番号制度導入の提言」 を公表)

加えて、子や孫への教育資金の1500万円までの贈与税非課税制度の創設である。制度自体に反対ではないが、この制度が適切に執行されるためには、信託銀行がその使途をきちんと管理する必要があるが、教育資金の定義(塾といっても、ダンス教室のようなものまで含むのかどうか)も多様で、番号もない中での適切な執行については、疑問が残る。

4、今後の課題―法人税と所得税

喫緊の課題は法人実効税率の引き下げだ。震災復興のための臨時増税が終わった後(15年度)のわが国の法人実効税率は、現在の40%から5%下がり35%となるが、いまだ先進諸外国と比べて数%高い。法人税が企業の立地コストに大きな影響を与え、グローバルに活動する企業の空洞化や雇用の流出を招く一因となっている。地方にまで及ぶ企業の空洞化や雇用喪失を避けるという観点から、実効税率のさらなる引き下げが必要だといえよう。

実効税率の内訳をみると、国税である法人税率は25.5%で、フランス、英国よりも低く、中国と同水準で、国際的には遜色がない。つまり、実効税率を高止まりさせている原因は、地方税である法人事業税と法人住民税(地方法人2税)であり、これを改革していく必要がある。財源がない中での減税議論なので、住民税など地方基幹税や外形標準課税の在り方、かつての三位一体改革のような国・地方の仕事の見直しと補助金・地方交付税の改革や税源交換・移譲など、大きな議論をしていく必要がある。

次に、所得税の分野でも大きな議論をすべき課題が2つある。それは、配偶者控除の見直しと公的年金等控除の見直しだ。

安倍新政権は、わが国の経済活性化策として女性パワーを最大限に引き出すことを一つの柱として打ち出している。そうであるなら、専業主婦やパート労働を優遇する配偶者控除は廃止・縮小すべきであろう。そこで生まれる財源を子育て支援(手当や保育園の充実)に充てれば、少子化対策にも役立つので一石二鳥だ。ここ20年の先進諸国は、女性の労働力率を向上させながら出生率も引き上げてきたという事実は重要な示唆を与えてくれる。国・会社・家庭の3つがスクラムを組んで、女性の活用のための条件を整備していくこと、これこそが成長戦略の一つだ。

加えて、社会保障制度の効率化の議論と並行して、高所得年金受給者に対する減税の見直し、具体的には公的年金等控除を縮小することである。公的年金等控除は、「公的年金」だけでなく、「企業年金」にも適用されており、またその控除額は、年金額に比例する青天井となっている。この結果、同じ所得でも、勤労世帯より年金世帯の方が税負担が軽いという世代間の負担の公平性が生じている。さらには年金制度の持続可能性を高めるという観点からも、早急の公的年金等控除の見直し(縮減)が必要となる。政権交代以降、年金改革などへの関心が薄くなっているが、社会保障効率化の一環として、年金税制の見直しは重要なテーマだ。

いずれも、14年度税制改正の大きな課題とすべきだ。

5、3つの欠如

このように、極めて多彩な25年度改正だが、苦言を呈したいことがある。

第1は、議論の「透明性の欠如」である。税制議論は国民生活に直接大きな影響を与える。しかし、われわれがその議論の概要を知るには、新聞・テレビの報道という手段しかない。民主党政権下の政府税制調査会はインターネット中継され、資料も即日入手できた。来年からは、党のホームページに提出資料の公表と責任者の記者会見を掲載するような配慮をお願いしたい。

第2に、税制改正の「論理の欠如」である。税制は、国民の負担の変化を直接もたらすものなので、公平・公正という見地はきわめて重要である。今回の改正に即して言えば、相続税の負担増と贈与税の軽減をどう整合的に説明するのか、住宅取得への負担軽減に、なぜ給付まで組み入れるのか、人件費と連動させる法人税負担軽減の方法が効果的なのか、などきちんとした説明が必要だ。政府税制調査会をたち上げ中期的な観点から税制議論を行い、それを踏まえての自民党税調議論にしてほしい。

最後に、決定内容の「責任の欠如」という問題がある。自民党税制調査会の決定した税制改大綱は、内閣提出法案になり、国会審議では財務・総務の両大臣が答弁することになる。直接議論に加わったわけではない大臣が答弁を行うというのは、責任の所在という点で問題がありはしないか。

議院内閣制の下では、政府と党が一体的に意思決定を行うということの必要性は高いが、税制議論はあまりにも党主導の意思決定になっていないか。党税調と、税制を所管する財務省・総務省の大臣以下政務三役との正式な意見調整の場を設け、政府と党の共同意思決定であることを明確にしてはどうか。

次回からは、透明性が高く、しっかりした理論に基づく、責任の明確な税制改正を期待している。

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