最近、マスコミで財政健全化がすっかり話題にならなくなった。
例えば1月17日に公表された中長期の経済財政に関する試算の報道ぶりである。「わが国の財政目標」の進捗度合いを年2回示す試算で、今回、「2025年度PB(基礎的収支)の黒字化」という目標達成が、昨年夏の試算より1年遅れ、2027年度になるという内容であった。
しかし各紙の報道は、淡々と事実を伝えるのみで、財政目標達成がより困難になったことの意義やその重大性を伝えるところではなかった。財政目標が、ここまで国民の関心事から外れた事情や背景を考えてみたい。
第1の理由は、財政健全化が進まず財政目標が先延ばしされても、金利や為替レートに変化はみられず、国民に不都合な事態は生じていないという、多分にわが国特有な事情である。
しかし市場に変化が生じないのは、日銀による超金融緩和策、財政ファイナンスの結果であり、その政策自体の持続可能性、正当性が問われるべきであろう。「市場金利が経済成長より低い」という都合のよい状況は、世界経済の状況から見ても、長続きしないということである。
第2の理由は、財政目標の前提となる政府の試算が、都合よく策定されており、試算の信ぴょう性が薄いことである。試算(成長実現ケース)はその前提として、2020年代前半に実質2%程度、名目3%程度を上回る成長率が想定されている。潜在成長率はプラス0.6%程度、全要素生産性(TFP)上昇率もバブル期並みの1.3%程度まで上昇する。
これまでの試算での甘い前提は実現されず、財政赤字やPBバランスの数値は、改定のたびに悪化(PB黒字が遠のく)した。このような政権におもねった内閣府の試算が、国民の健全な危機意識をゆがめ、財政再建に対する関心を失わせている。
さらには、安倍総理が「今後10年間消費増税は必要がない」と語ったことも、国民が受益と負担の問題を真剣に考えるきっかけを奪ってしまった。
3番目の理由は、世界的なポピュリズムの蔓延から緊縮財政への反発という流れが生じていることである。米国では、「財政健全派・小さな政府の共和党」、「財政拡大派・大きな政府の民主党」というのがこれまでのすみわけであったが、トランプ大統領は共和党にもかかわらず、法人税減税や大型投資などでかつてない景気拡大策を取り、一兆ドルという巨額の財政赤字を作っている。英国のジョンソン首相も、BREXITへの対応もあり、財政規律を重視したこれまでの保守党とは一線を画した政策をとっている。
極めつけはEUで、これまでの厳格な財政ルールの見直しに着手している。公表された改革案では、環境投資(グリーンニューディール)とデジタル分野への投資を財政規律から外し容認する内容となっている。
図は先進諸国の財政赤字(GDP比)の推移で、2019年は推計値だが米国、英国、フランス、イタリアの財政赤字が拡大しはじめていることが見てとれる。
図 財政収支の国際比較(GDP比)
(出所)財務省資料
4番目に、財政拡張政策を支援する現代貨幣理論(MMT)という「異教」の登場である。この理論は、政府と中央銀行は統合勘定とみなすので、政府の国債発行残高のうち日銀が保有している分は相殺(プラスマイナスゼロ)される。そこで、国債が基本的に国内でファイナンスされている国では、「政府の借金の拡大は国民の資産の拡大」ということになる。この結果、政府は、民間経済に貯蓄の余剰や需要不足があるかぎり、赤字を出す財政政策が望ましいことになる。金融政策の有効性を否定し、すべては財政政策だということで、筆者は「遅れてきたケインズ主義」と呼んでいるが、財政再建不要論に使われている。
このようなことから財政健全化が国民の関心から落ちてしまった。これをどう考えるべきだろうか。
筆者が思うのは、わが国のように、国内貯蓄で財政赤字をファイナンスできる国では、ギリシャのような金利高騰、インフレといった状況は突然やってくるのではないということだ。
GDPの2倍規模の借金を積み上げても、毎年予算の3分の1を借金に頼っても、国の信頼を揺るがすようなハイパーインフレや円安はやってこない。デフレ脱却は成らないまでも、物価安定・低失業率の下で国民はそこそこ安定した暮らしを維持できている。これは事実である。
しかし、例えば、逃げ水のようなわが国の公的年金制度は、財政破綻の兆候といえなくもない。
高齢化の下、抗がん剤やアルツハイマーの薬の開発が進んでいるが、治療に必要にもかかわらず高額で保険対象とならない、「カネの切れ目が命の切れ目」という事態も想定される。これも、約束した社会保障が提供されないということで財政破綻の一歩ともいえよう。
一般会計予算の3分の1を借金に依存し、歳出の2割超の予算を過去の借金の返済に回さざるをえない状況は財政破綻の始まりともいえる。
わが国では、財政破綻は突然やってくるのではなく、じわじわと押し寄せてくるのであろう。オオカミの好物は、小さな財政破綻で、それを作らない地道な努力が最大のオオカミ対策ということではないか。