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消費税アーカイブ第4回 第一次安倍政権(前編)
写真提供:共同通信社

消費税アーカイブ第4回 第一次安倍政権(前編)

January 6, 2021

【第一次安倍内閣】
前編:概論、平成18年9月26日~12月6日
後編:平成18年12月7日~平成19年9月26日

概論

5年半続いた小泉政権の後を継いだ第一次安倍内閣は、2006年(平成18年)926日から2007年(平成19年)926日までである。税制を巡る議論の関係者は、財務大臣が尾身浩二氏、経済財政諮問会議の司会役を務める経済財政担当大臣が民間から大田弘子氏、自民党政調会長は中川昭一氏、自民党税制調査会長は与謝野馨氏で、竹中平蔵氏は小泉内閣の終焉とともに議員辞職し民間に下った。

安倍内閣が誕生した自民党総裁選挙では消費税が争点の一つとなった。「財政規律派」の谷垣禎一氏が「消費税を社会保障のための財源として位置づけ、2010年代半ばまでのできるだけ早い時期に、少なくとも10%の税率とする」という考え方を示す一方で、「上げ潮派」と目されていた安倍晋三氏は「消費税から逃げないが、消費税に逃げ込むこともしない」というスタンスを示し総裁選挙に勝利した。

総理就任後の所信表明演説では「成長なくして財政再建なし」というスローガンを掲げ、消費税については「逃げず、逃げ込まず」というスタンスを改めて表明した。安倍総理自身、第三次小泉内閣の2005年(平成17年)1031日から2006年(平成18年)926日まで官房長官を務め、経済財政諮問会議のメンバーでもあったので、小泉時代の「財政規律派」と「上げ潮派」の議論については熟知しており、その上で「財政規律派」より「上げ潮派」の考え方に近い政策運営を行った。

「美しい国、日本」、「開かれた保守主義」というスローガンを掲げ、政策プライオリティーを憲法改正に置いた。税制を含む経済政策の議論を行う経済財政諮問会議の閣僚メンバーから「財政規律派」を排除し、彼らとは一線を画した。税制議論は経済成長路線にともなう法人税改革(法人税減税)にシフトし、消費増税を含む税制抜本改革については、就任後初めての選挙である2007年(平成19年)729日の第21回参議院選挙まで議論を行うことを事実上禁じた。その結果、抜本的な税制改革は経済財政諮問会議でもほとんど議論されることはなかった。

一方、「財政規律派」の与謝野馨氏が自民党税制調査会長に就任したことで、党税調は税制改革に向けて粛々と議論を続けていった。第一次安倍政権の終盤に差し掛かると、消えた年金問題などから政権の支持率が低下、それに伴い党内や政府部内の財政規律派の巻き返しもあり、財政再建議論は次第に盛り返していったが、9月に体調不良を理由に安倍内閣が退陣、「秋口から」の税制改革議論を始めることなく福田内閣に代わった。税制抜本改革議論の停滞した一年であった。

第一次安倍内閣

平成18年(2006年)9月26日~12月6日

消費税、逃げず、逃げ込まず

安倍総理就任直後の926日、内閣の目標として「美しい国、日本」が掲げられた(同日の内閣総理大臣談話)

9月29日の第165回国会における内閣総理大臣所信表明演説は次の内容となった。

我が国財政は、極めて厳しい状況にあり、人口減少や少子高齢化が進めば、将来の世代に一層重い負担がかかることは明らかです。歳出・歳入の一体改革に正面から取り組みます。『成長なくして財政再建なし』の理念の下、引き続き、経済財政諮問会議を活用して、経済成長を維持しつつ、国民負担の最小化を第一の目標に、歳出削減を徹底し、ゼロベースの見直しを行います。
 2010年代半ばに向け、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げるため、今後5年間に歳出改革を計画的に実施し、まずは2011年度に国と地方の基礎的な財政収支「プライマリー・バランス」を確実に黒字化します。
このような改革を徹底して実施した上で、それでも対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対しては、安定的な財源を確保するため、抜本的・一体的な税制改革を推進し、将来世代への負担の先送りを行わないようにします。消費税については、『逃げず、逃げ込まず』という姿勢で対応してまいります。

税制抜本改革は政権開始早々の政策議論から抜け落ちたのである。

10月13日、新政権後初の経済財政諮問会議が開催された。尾身財務大臣提出資料には、「歳入改革については…(中略)…歳出改革を徹底して実施した上で、それでも対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対して、安定的な財源を確保するため、抜本的・一体的な税制改革を推進。現在の諸情勢を勘案すれば、19年度予算の歳出削減の状況、来年7月頃に判明する18年度決算の状況、医療制度改革を踏まえた社会保障給付の実績等を見る必要があり、これらを踏まえて、税制改革の本格的・具体的な議論を行うのは来年秋以降。」(下線筆者)と記されていた。

一方この場で福井日銀総裁から、以下のように成長戦略に対して警鐘が鳴らされた。

少し気になるのは、『成長なくして未来なし』というこのフレーズが、一般の国民の皆さんに少し耳ざわりがよすぎないか。…(中略)…潜在成長能力を引き上げていくためにイノベーション、オープン化、その他ここに掲げられたプログラムを実行していくわけなんですけれども、この部分は決して甘い課題ではない。国民の皆さん一人ひとりにとっても決して甘い課題ではなくて、最終的な成長の実現までにまず時間がかかる。…(中略)…また、オープン化にいたしましても、規制緩和にいたしましても、…(中略)…これから進めていく過程で、なお短期的にはこれを苦痛と受け止める方がやはり多いのではないか。…(中略)…イノベーションをなかなか身につけられない人との間の所得の差は、むしろ、さらに広がるということを相当覚悟しておかなければいけないのではないかと思います。そういう格差はむしろ縮まるんだという幻想を余り容易に与えない方がいいのではないか。…(中略)…経済のプロセスを進めれば、むしろ所得の不均衡は広がるというぐらいの覚悟で、このプログラムを進める必要があるのではないか。

これに対して諮問会議のメンバー外の「上げ潮派」中川秀直自民党幹事長から反論がなされ、日銀と自民党との間に緊張感が走った。

10月26日の諮問会議では、民間議員ペーパーとして成長政策を巡る七大改革が示され、税制改革、社会保障改革も7項目の一つとして盛り込まれたが、もっぱら議論の焦点は「歳出改革」と「成長戦略」であった。また5年間の歳出削減計画に明確な道筋をつけるために、複数年度で予算を管理する仕組みの議論も行われた。

法人税改革議論の議論と顛末

2006年(平成18年)117日、政権交代後初めての政府税制調査会が開催された。会長は石弘光氏から本間正明氏に変わった。政府税調は総理の諮問機関であり、その人事は総理に決定権があるが、石会長に全幅の信頼を置いていた財務省にとっては驚きとショックの出来事であった。この人事の背景には、「上げ潮派」の官邸への働きかけ、財務省の関与を遠ざけたいという官邸の思惑があった。財務省としては、かつて200238日の諮問会議で、法人税減税の方法を巡って「石・本間論争」が行われた(87-KO-05-00 経済財政諮問会議議事録. 平成14年第6. 平成142002)年38日)こともあり、相当規模の財源の必要となる法人税減税(実効税率の引下げ)議論が始まるのではないかという不安があった。

税制調査会で総理の諮問が行われたが、その内容は、抜本的な税制改革の文言こそ出てくるものの、全体として熱気の感じられないものであった。

90-AB-01-00 諮問. 2006年(平成18年)11月7日.

法人税改革に積極的な尾身財務大臣の意向をうけた本間税制調査会長は、121日、以下のような政府税調答申を公表した。

>税制については、我が国の21世紀における社会経済構造の変化に対応して、各税目が果たすべき役割を見据えた税体系全体のあり方について検討を行い、中長期的視点からの総合的な税制改革を推進していくことが求められている。こうした税制改革の中では、喫緊の課題として、我が国済の国際競争力を強化し、その活性化に資するとともに、歳出削減を徹底して実施した上で、それでも対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対する安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りを行わないようにしなけれぱならない。
調査会は、まず経済活性化と税制について議論を行った。経済活性化に向けた税制の検討にあたっては、財政健全化との両立という視点や公平・中立・簡素の租税原則を踏まえ、国的な競争条件を揃え、イノベーションを加速し、オープンな姿勢をとることが重要である。このような観点からの今後の検討課題のーつとして、法人実効税率引下げの問題が提起された。企業部門の活性化はその付加価値の分配を通じて家計部門に波及し、プラスの効果をもたらす。法人実効税率の問題の検討にあたっては、課税ベースも合わせた実質的な企業の税負担の国際比較、さらに企業部門の活性化が雇用や個人の所得環境に及ほす影等についての調査・分析を深める。また、税だけでなく社会保険料を含む企業の種々の負担の国際比較を行う。

90-AB-02-00 税制調査会. 平成19年度の税制改正に関する答申 ― 経済活性化を目指して―. 2006年(平成18年)12月1日.

以後政府部内の税制議論は、法人税改革をトッププライオリティーと位置づけ議論されていくが、党の方は、与謝野馨氏が税制調査会会長(117日津島雄二氏に交代)ということもあり、基本的に「財政規律派」の路線を継続した議論となった。

政府部内での税制議論の対立は、法人税の実効税率の引下げの是非を巡るものとなった。法人税率1%の引下げで3,0004,000億円の減収額となることから、財源問題を理由に引き下げに反対する財務省と、経済活性化のためには実効税率の引下げが必要とする官邸・経済財政諮問会議の間で、意見の相違がみられ、協議が続けられた。

11月7日、体調問題から与謝野氏が退任、後任は津島雄二氏が就任した。1214日の与党税制改正大綱には法人税改革について、

わが国企業の設備投資への投資を促進し、国際競争力を高める観点から、減価償却制度を国際的に見て遜色にないものとなるよう抜本的に見直す。

と記述され、どこにも法人税実効税率の引下げの言葉はなく、政府税調の答申を真っ向から否定し、党税調の力を見せつける内容となった。

一方税制改革については以下のように記された。

政府・与党で道筋を定めた歳出・歳入一体改革を着実に進めていくため、まずは、歳出削減を徹底すべきである。その上で、それでも応じきれない財政需要については、税制改革により対応していかなければならない。
その際、税制は、平成21年度における基礎年金国庫負担割合引上げのための財源をはじめとする社会保障財源の安定的確保…(中略)…に資する役割が求められる。…(中略)…
我々は、税体系全般にわたる抜本的・一体的な税制改革を推進していく。租税は、あらゆる世代の国民が社会共通の費用を広く分かち合うためのものであるという基本的認識の下で、税負担の公平性を確保し、所得課税、消費課税、資産課税等の各税目について、税制の仕組みを納税者である国民から見てわかりやすい簡素なものにしていくとともに、できるだけ個人や企業の経済活動における選択を歪めることがないよう中立性を確保しなければならない。このため、所得税、法人税、消費税、相続税等がそれぞれ果たすべき役割を検討しつつ、税体系全体のあり方を考えていく必要がある。
その際、…(中略)…2011年度単年度における基礎的財政収支の黒字化という目標が達成されさえすればよいというものではなく、税制は、構造的・持続的に 2010年代半ばにおける債務残高GDP比の安定的な引下げという中長期的な目標を達成しうる体質を備えなければならない。併せて、社会保障については、その給付と税制も含めた負担との関係をどのように考えるか、議論を深め国民的合意を得る必要がある。
このような考え方に基づき、来年秋以降、早期に、本格的かつ具体的な議論を行い、平成 19年度を目途に、少子・長寿化社会における年金、医療、介護等の社会保障給付や少子化対策に要する費用の見通し等を踏まえつつ、その費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点から、消費税を含む税体系の抜本的改革を実現させるべく、取り組んでいく。(下線部筆者)

90-AB-03-00 自由民主党. 平成19年度税制改正大綱. 2006年(平成18年)12月14日.

このように自民党税制改正大綱では税制改革について多くの紙面を割いた。また平成19年度を目途に抜本的改革の実現に向けて取り組むと書かれ、税制改革議論は党税調主導・党高政低という形で進んでいく。

その後本間会長は一身上の都合で1221日辞任し、後任は香西泰氏が会長に就任した(2007年(平成19年)122日)。本間会長は就任以来、党税調と財務省に牛耳られている税制の決定を、政府税制調査会を核として内閣に取り戻そうという構想を抱いていた。筆者は大阪大学に出向経験(1998年(平成10年)~2001年(平成13年))があったこともあり、本間氏とは親しくお付き合いをいただき、構想についても話をうかがう機会があった。本間氏の構想の背景にあるのは、総理の諮問機関である政府税制調査会の形骸化への懸念、党税調の聖域化への批判であり[1]、政府税調のあり方としてはもっともな指摘であったといえよう。

また、法人税減税(実効税率の引下げ)を主張する本間氏と、抜本的税制改革の方が先ではないかという党税調や財務省の考え方との見解の相違も力学となって本間会長の辞任へとつながっていった。

このころの安倍内閣の支持率は、1127日の郵政造反組の復党をきっかけに急速に低下しはじめていた。

 
消費税アーカイブ第4回 第一次安倍政権(後編)に続く


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[1]清水真人『経済財政戦記』(日本経済新聞出版、2007)では、「財務省・政府税調・党税調のトライアングルの厚い壁に風穴を開けようとした」との記述あり。

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