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消費税アーカイブ第3回 第三次小泉政権(中編)
写真提供:共同通信社 財政規律派の面々

消費税アーカイブ第3回 第三次小泉政権(中編)

December 1, 2020

【第三次小泉内閣】
前編:概論、平成17年9月21日~12月25日
中編:平成17年12月26日~平成18年7月6日
後編:平成18年7月7日~9月26日

第三次小泉内閣

平成17年(2005年)12月26日~平成18年(2006年)7月6日

経済論争

諮問会議では、プライマリーバランス(以下、PB)を巡る議論が続けられたが、有名な論争として、2005年(平成17年)1226日の吉川・竹中両氏の成長率・金利論争と、2006年(平成18年)21日のマンキュー論争がある。

前者は、PBの黒字化の達成だけでは財政再建は不十分で、GDP2%程度の財政黒字が必要という主張と、成長率が長期金利を上回るドーマー条件を満たせば、増税なくして財政再建は可能だとする主張の争いで、「財政規律派」と「上げ潮派」の代理戦争でもあった。

後者はそれを発展させた議論で、竹中氏が「現実に長期で見ると、マンキューやサマーズの議論は常に名目成長率の方が名目金利より高かったという歴史的なファクトからの主張だ」と主張したのに対して、吉川氏は「経済理論では長期金利はマーケットで決まるもの、理論の世界では金利の方が成長率よりも高いというのが通常の理解だ」と反論した論争である。

財政再建は経済成長だけで達成が可能なのか、それとも税制改革(消費増税)が必要なのか、というそもそも論の議論が繰り返されたわけだが、特筆すべき事情として、背景に、日本銀行の量的緩和の解除にむけての模索があった。金利は日銀の政策により大きく影響を受けるが、上げ潮派は、国債金利を上回る経済成長率を達成するために、長期金利を低く抑えていくことを念頭においているからである。結局2006年(平成18年)3月に量的緩和は解除されることになる。

年が明け2006年(平成18年)1月18日、「構造改革と経済財政の中期展望-2005年度改定」(89-KO-07-00)と「平成18年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」(89-KO-08-00)が公表され、120日に閣議決定された。

あわせて「参考試算」(89-KO-06-01)も公表された。標準的に考えられる「基本ケース」と、世界経済の低迷等の下方リスクを想定した「リスクケース」の2つが示されたが、「基本ケース」では、追加の財政収支改善努力をすれば2011年度(平成23年度)にPB黒字化が可能との内容となっていた。名目経済成長率は3%を超える前提であり、上げ潮派の主張に近いものとなっていた。

89-KO-07-00 構造改革と経済財政の中期展望: 2005年度改定(抄). 2006年(平成18年)1月20日閣議決定.

89-KO-08-00 平成18年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度(抄). 2006年(平成18年)1月20日閣議決定.

89-KO-06-01 構造改革と経済財政の中期展望 -2005年度改定 参考試算. 2006年(平成18年)1月18日.

2月1日の諮問会議ではさらに議論が続き、わかりやすい「選択肢」をつくって国民に示すこととされた(89-KO-09-00)。

89-KO-09-00経済財政諮問会議議事録(平成18年第2回). 2006年(平成18年)2月1日.

3月16日には、経済成長率と金利について、複数の前提をおいた4ケースの試算に基づき議論が行われた。吉川氏が「成長率が金利よりも高ければ成長率によって財政再建できる。しかしそれは…(中略)…竹中大臣が以前のこの会議で言及されたマンキューの『デフィシットギャンブル』で、マンキュー自身もギャンブルはやってはならないといっているではないか」と主張したのに対し、竹中氏は、「今この段階で基本ケースの決め打ちをする必要はない」と主張した。

背景には、基本ケース(名目成長率3%、金利4%)という前提の下では2011年度(平成23年度)のPB黒字化は何とか達成できるものの、中期的にGDP比2%のPBの黒字が必要ということになれば、ある程度幅のある増税をせざるを得ないということになるとの懸念があった。

この論争に対して小泉総理が、「最後は政治が判断するのだからね。どれが基本かは政治が判断しなければいけない。複数を提示する。政治家が、国会が、国民が判断する。最終的には政治が判断しなければいけない。当分、決め打ちはしない。誤解を与えるから。」と議論を引き取り、どれを基本ケースにするのか、どこまでの議論をするのかという議論はひとまず中断された。

「党」への作業依頼

3月29日の経済財政諮問会議では大きな決定がなされた。歳出・歳入一体改革について、総理から自民党(中川政調会長)と緊密に連携をとり進めるよう指示がなされ、歳出削減の目安について党側が示すことになった。その上で6月の最終取りまとめに向けて選択肢、改革工程表の策定を急ぐこととなった。

具体的な歳出削減策について党に作業を依頼するというのは、諮問会議の民間メンバーにとって、大きな方針転換と受け止められた。

党(政調会)が歳出削減案を作ることになり、財務省内では中川政調会長を「中川主計局長」と呼んで、主計官たちが自民党政調会長室に「ご説明」と称して日参していた記憶がある。 

4月3日、党政調会財政改革研究会の中間整理(89-KO-10-00)が公表された。座長がこれまでの柳澤氏から中川氏に代わったことから、内容は「日本版上げ潮政策」が記述されるなど、これまでの財改研の報告やスタンスとは全く異なるものであった。

89-KO-10-00 財政改革研究会における検討の中間整理一活力ある「経済・財政一体改革の設計図」. 2006年(平成18年) 4月3日.

このような議論の経緯を踏まえ、47日の経済財政諮問会議では、「歳出・歳入一体改革 中間とりまとめ」(89-KO-11-00)の報告が行われ、財政健全化については3つの時期に分けて進めていくことが決まった。2010年代初頭の基礎的財政収支黒字化を目標として着実に成果を上げてきた第I(2001~2006年度)、引き続き基礎的財政収支黒字化を確実にする第II(2007年度~2010年代初頭)、さらに債務残高GDP比を安定的に引き下げることを目指す第III(2010年代初頭~2010年代半ぱ)3つである。

また参考資料として、「複数のマクロ経済の姿と財政健全化についての試算」が添付され、マクロ経済と財政健全化の目標として、長期金利と経済成長率の3ケース、合計9通りの試算が示された。

89-KO-11-00 経済財政政策担当大臣. 「歳出・歳入一体改革」中間とりまとめ. 2006年(平成18年)4月7日.

522日、「財政・経済一体改革会議」の初会合が開催された。この会議は、「政府が、経済財政諮問会議で歳出・歳入一体改革と成長力・競争力強化について集中的に議論している状況と、与党においてもこの問題を精力的に検討している状況に鑑み、骨太の方針の策定に向けて、政府・与党が一体となって、緊密に連携しつつ、検討を進めていくために開催されたもの」と説明されているが、党側に議論のイニシアティブがシフトしたことによる諮問会議側の不満を解消する狙いもあった。

議論の主戦場は歳出改革の具体案づくりに移り、舞台が経済財政諮問会議から党にシフトしていった。竹中氏は「歳出歳入一体改革という重要課題を議論する部隊が、実質的に党に移ったことで、経済財政諮問会議は春ごろから急に静かな雰囲気になった。議論も短時間で終わるようになった。」と述懐している[1]

526日の「社会保障の在り方に関する懇談会」(2004年(平成16年)727日設置)は、以下の内容の「今後の社会保障の在り方について」(89-KO-13-00)の報告書を公表し、社会保障財源としての増税の必要性を訴えた。

「歳出・歳入一体改革」の議論が進められているが、給付の適正化努力を不断に続けていく一方で、将来世代への負担の先送りとならないよう、給付に見合う負担を求めていく必要がある。また、基礎年金国庫負担割合の2分の1への引上げについては、2007年度(平成19年度)を目途に、所要の安定した財源を確保する税制の抜本的な改革を行った上で、2009年度(平成21年度)までに実施することになっている。社会保障制度の財源を安定的に賄えるような財政基盤を確立する必要がある。こうした中で、消費税を含む税制全体の改革を検討し、世代内及び世代間の負担の公平を図ることが重要である。

89-KO-13-00 今後の社会保障の在り方について(抄):社会保障の在り方に関する懇談会報告書. 2006年(平成18年)5月26日.

614日財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会から「社会保障に係る安定財源確保についての論点整理」(89-KO-14-00)が公表された。また621日には、財政改革研究会最終報告が公表されたが、中川政務調査会会長の手になるもので、上げ潮派の内容となった。

89-KO-14-00 財政制度等審議会. 社会保障に係る安定財源確保についての論点整理. 平成18(2006)年6月.

2006年(平成18年)622日の経済財政諮問会議(89-KO-15-00)では本間議員から、「財政健全化として3期に分けて対応を考えること」、さらに長期を見据え、「債務残高GDP比の水準」や「利払い費を含む財政収支」などフロー、ストック両面の目標のあり方を今後検討する」ことが提言された。

89-KO-15-00経済財政諮問会議議事録(平成18年第16回). 2006年(平成18年)6月22日.

本音を語る小泉首相

その後PB黒字達成後の財政運営を巡って、与謝野・谷垣氏と竹中氏との間で激しい議論が繰り広げられた。最後に小泉総理から以下の発言があり、議論がまとめられた。(前掲会議録より引用)政権発足当時からの政権において消費税の引き上げはしないと明言し、終始そのスタンスを変えなかった小泉首相の象徴的な発言といえよう。

(小泉議長) 目先の政策を行う場合にも、中長期的なあるべき姿から考えなくてはいけないと就任以来言ってきた。毎年度の予算を編成する場合にも、5年、10年先を見て、一つのあるべき姿を見て、来年どうやるべきか。それは大事だ。郵政民営化を掲げるから、ドン・キホーテと言われているけれども、私は冷厳な現実主義だと思っているんだ。消費税は私の在任中上げないと言ったら無責任だと言われた。私が就任時の目標どおりプライマリー・バランスを黒字化すると言ったら、もう既に消費税の法案を出しているよ。プライマリー・バランスを回復させる場合には、今までのやり方だったら、公共事業を増やさないと景気は回復してこない。それが、公共事業をマイナスにしても税収が上がってきたでしょう。長期的な目標を大事にしつつ、現実の対応はいろいろある。公共事業をマイナスにしても、消費税を上げなくても、歳出削減に取り組んで規制改革をやってきている。政府にも自民党にも、こういう発想は今までなかった。そこが大事だ。状況というのは変わってくるんです。来年の予算にしても、中長期的な目標、あるべき姿を考えるのは大事だよ。しかし、状況というのは必ず変わってくるから。公共事業をとってみても、消費税をとってみても必ず変わってくる。消費税を上げないのは無責任だと言っているが、そう言った人たちも、今年も来年も消費税法案を出せるはずがない。現実的に、私の言っているとおりになっている。これから情勢が変わり得るのは、歳出削減をどんどん切り詰めていけば、やめてほしいという声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれという状況になってくるまで、歳出を徹底的にカットしなくてはいけない。そうすると消費税の増税幅も小さくなってくる。
これから、歳出削減というのは楽なものではないというのがわかってくる。今はまだわかっていない。歳出削減の方が楽だと思っている。いずれ、歳出削減を徹底していくと、もう増税の方がいいという議論になってくる。ヨーロッパを見ると、消費税は10%以上、ドイツは19%、与野党が反対と言っていたのが一緒になった。みんな10%以上だ。野党が提案するようになっている。
情勢を見ながら歳出削減をどんどんやっていくと、どういう状況になっていくか。長期的な展望は大事だけれども、これから柔軟な対応が打てるような幅はとっておかなくてはいけないということです。
言っていることには大した違いはないんだけど、現実の対応というものは違う。一見不可能というものが可能になる場合もあるし、可能と思ったのが不可能になる場合もあるんです。この5年間を見てみたら、全部そうだ。そういう5年先、5年経ったときのさらに5年先、そういうことを言っている。その辺をよく調整してやってください。(下線筆者)

中川政調会長のとりまとめた歳出削減11.4兆円(5年間)だが、その実施を巡っては、以後党側の強い反発を招くことになる。そのことが福田・麻生政権での税制改革議論(消費増税の必要性)につながっていくのだが、前述の小泉発言はそれを予言していたといえよう。それに気が付くのはもう少し後のことである。

消費税アーカイブ第3回 第三次小泉政権(後編)に続く


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[1] 竹中平蔵『構造改革の真実』(日本経済新聞出版、2006年)

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