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【シンポジウムレポート】デジタル時代の税制・社会保障―デジタル・セーフティネット

【シンポジウムレポート】デジタル時代の税制・社会保障―デジタル・セーフティネット

October 21, 2022

2022年722日に開催した東京財団政策研究所「政策提言シンポジウム-政策研究と実践のイノベーションに向けて-」では、当財団の再出発にあたり、新たな理念と研究内容をご紹介し、意見交換をさせていただくことを目的として、市民生活の土台を成す、経済・財政、環境・資源・エネルギー、健康・医療、科学技術とイノベーション、デジタル化と社会構造転換などのテーマによる発表が行われました。
本レポートでは森信茂樹研究主幹による講演を紹介します。

講演資料はこちら

新しいリスクとデジタル・セーフティネット
英国のユニバーサル・クレジット
わが国でもマイナンバー制度を活用してデジタル・セーフティネットを
必要なセーフティネットとは

新しいリスクとデジタル・セーフティネット

世界を見回すと、コロナ禍やウクライナ戦争による資源価格などの高騰やインフレ、気候変動による様々な災害の発生など、つい10年前には予想もつかなかった様々なリスクが生じている。

わが国に目を転じると、若者を中心に、年金や医療・介護といった社会保障の持続性に対する将来不安が消費の低迷をもたらしているが、それに輪をかけるように経済のデジタル化、AIやロボットの発達による雇用の不安定化が生じつつある。

このように、我々個人を取り巻くリスクは、ますます拡大しつつあり、いずれも個人の自助努力だけでは対処しえないものでもある。

一方で、わが国の長年にわたる経済停滞から抜け出すためには、人的資本の向上や雇用の流動化を通じて企業の生産性の向上を図ることが重要という認識から、岸田政権のもとで、成長と分配の両立を目指す「新しい資本主義」の議論が始まっている。

 

このような新たな状況の中で、筆者は、デジタル技術を活用し、税制と社会保障を一体的に設計した新たなセーフティネットを構築していくことの必要性を訴えたい。個人が、安心して生活を営めるようにするためであるが、さらには、自らの人的資本の向上を図り、次のステップに進むための職業訓練や能力開発に取り組むことを可能にするためである。このようなセーフティネットの構築は、若者を中心とした年金・介護などへの将来不安を軽減させ、低迷する消費を回復させる経済対策としての効果もある。

英国のユニバーサル・クレジット

セーフティネットを構築しつつ雇用の安定化や人的資本の向上を図る政策は、積極的労働政策と称され、デンマークのフレキシキュリティ(雇用の柔軟性を意味するFlexibilityと安全を意味するSecurityを組み合わせた造語)、スウェーデンの積極的労働政策、英国ブレア政権の「第三の道」、ドイツのシュレーダー構造改革など欧州諸国には数多くの例が見受けられるが、ここではデジタルを活用するという観点から、英国のユニバーサル・クレジットに注目したい。

この制度は、2013 4月の第一次キャメロン内閣が、社会福祉制度改革の一環として導入したもので、国・地方政府による複雑な社会保障給付制度を整理統合し、勤労所得に応じて給付が増えるなど就労インセンティブを盛り込みつつ、オンラインでの迅速な申請・給付を行うもので、給付付き税額控除と呼ばれるものである。原型は、ニューレーバーのブレア首相による「第3の道」「ワークフェア」「トランポリン政策」である。

キャメロン政権は、当時あった30種類以上の給付のうち、児童税額控除、住宅手当、所得補助、求職者給付、雇用支援給付、勤労税額控除の6種類を、ユニバーサル・クレジットによる給付に一本化し、実施主体を雇用年金省に統一、運営コストを効率化した。受給者は雇用年金省に開設したオンラインアカウントを通じ申請し、オンラインバンキングで給付を受ける。家計収支を強化することにより受給者の自立促進を図ることを目的に、毎月一回、世帯を対象に支払われる。

受給にあたっては、就業するまでの求職活動が義務化され、就労に向けた準備活動、就労活動の計画や機会の面談など条件が付され、ペナルティーも課せられるなど厳格化されている。


このように、勤労所得が低い段階に所得に応じて国が給付・減税で就労を支援する給付付き税額控除は、多くの欧州諸国や米国などで導入されている。そしてコロナ禍では、デジタルを活用したこの制度・システムをフルに活用して迅速な給付が行われた。

わが国でもマイナンバー制度を活用してデジタル・セーフティネットを

わが国でも2012年からマイナンバー制度が始まっており、英国のようなデジタルを活用したセーフティネットの構築が必要だ。そのためにはどのようなことをすべきか考えてみたい。

まずマイナンバーを活用して様々な場面で発生する個人の所得情報を収集することが必要だ。これは資料情報制度と呼ばれるもので、現在、給与や賃金・報酬等について支払者に源泉徴収票や支払調書という形で税務当局への報告を求める制度が法律で決められている。この制度の対象を、フリーランスの場合には相手方発注者に、仲介型プラットフォームを通じて所得を得るギグワーカーについてはプラットフォーマーに拡大し、彼らの所得・賃金情報について税務当局への報告を義務付けるようにすることが必要である。

そのうえで、税務当局に集約された所得情報を、厚労省など社会保障を提供する官庁や自治体と連携する仕組み(いわゆるバックオフィス連携)を構築し、国や自治体が個人に提供する様々な社会保障の審査や給付に活用するという仕組みである。

現在、所得情報(税務情報)の連携は国と地方の税務当局間では行われているが、社会保障官庁や自治体の社会保障部局との間では十分に行われていない。コロナ関連給付も、特別定額給付金のように「国民全員」に10万円給付したり、「住民税非課税世帯」に世帯あたり10万円の臨時特別給付金を支給したり、とアナログ的な基準になっている。また持続化給付金も多くの不正がみられるなど、所得情報と給付との情報連携の不備が多く見つかっている。これをマイナンバーを活用したバックオフィス連携などによりつなげ、効率的・効果的なシステムを作ることが必要である。

わが国の検討状況を見ると、筆者が有識者として参加しているデジタル庁の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」でそのような制度構築に向けての方向性は議論されているが、構築に向けての具体的な検討は進んでいない。わが国が遅れている理由は、番号制度のわが国への導入が、米国より50年、英国や北欧諸国からは60年遅れ、その間に国民のプライバシー意識が高まったことに原因があるのではなかろうか。

そこで制度構築までの間の暫定的な仕組みとして、マイナポータルを活用した以下の内容の提言をしたい。

マイナンバー制度は、国民全員に付番された「番号(マイナンバー)」、カード搭載のチップでオンライン上の本人確認ができる「マイナンバーカード」、ウェブ上に国民全員に設定された「マイナポータル」の3つのインフラからなる。「マイナポータル」は民間送達サービスを通じて、自らの所得・収入情報を入手することが可能である。勤労者は勤務先の会社から、フリーランスは発注先から、ギグワーカーは仲介プラットフォーマーから自らのマイナポータルに入手した情報を社会保障官庁にも連携できる流れを構築すれば、効率的で効果的なセーフティネットが出来上がる。国税庁やデジタル庁はこのような制度構築に向けて検討をすすめており、すでに民間企業の発行する源泉徴収等のデータを民間クラウドに提出し、民間送達サービスを通じてマイナポータルに取り組み、それをe-Taxにつなげる検討が始まっている。


このような制度が構築できれば、国・地方がセーフティネットの対象者を見つけだし、申請なしで給付する「プッシュ型」給付も可能になる。問題となる税務情報の守秘義務については、法律で一つ一つ対応して解除していく必要があることはいうまでもない。

またマイナンバーの活用には、国民からプライバシーの懸念が指摘されよう。しかしデジタル化の流れは止めることはできないので、個人情報保護委員会がしっかり監視することでプライバシーの懸念を払しょくさせることが必要だ。

必要なセーフティネットとは

そのような仕組み(システム)ができた上で、セーフティネットの内容を議論していく必要がある。冒頭述べたように個人では取り切れないリスクが拡大していく中で必要なセーフティネットとは、所得の不安定なフリーランスやギグワーカー、さらには非正規雇用者の所得を(可能な範囲で)安定化させること、さらには、人的資本の向上を求めて能力開発・職業訓練・学び直しを行う者にも所得の安定化を図ることだ。

具体的には、失業給付の充実、失業中の職業訓練(能力開発)の条件化、所得が低いうちは勤労税額控除(給付付き税額控除、給付)により負担軽減・勤労インセンティブの向上を図ることなどである。

そのうえで、幼児教育、高等教育への支援など全世代型社会保障の構築につなげることを視野に入れたセーフティネットを構築していくことが今後の課題となろう。

最後に、このようなデジタル・セーフティネットを構築していくには、霞が関の縦割りを排し、厚労省、こども家庭庁、文科省、総務省(地方自治体)、内閣府などが省庁の枠を超えて協力する体制づくりと、デジタル行政を所管するデジタル庁が司令塔になること、それを裏打ちする総理・官邸の強いリーダーシップが必要ということを忘れてはならない。

本研究に関する詳細は、税・社会保障一体改革のグランドデザイン 全世代型社会保障改革とその検証をご覧ください。

※本Reviewの英語版はこちら

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